7章【1】 路上販売の天才

 僕は人を騙す人が嫌いではない。スカウトをしていたときに、すぐ近くで化粧品の路上販売をしている人がいた。恐らく五〇歳は過ぎているベテランだ。周りで声をかけている人もその人には頭が上がらないという様子だ。挨拶をすると、「今日も頑張ろうね。僕も近くで君がやっているのを見たら頑張れるからさ」

 といつも言ってくれた。

 その人は、

「ちょっと君!」

 と大きな声で通行人に声を掛ける。声をかけられた人は、その迫力になのか、ビタッと止まり、その人の化粧品の話を聞く。

「君、肌汚いねー!」

 から話が始まる。それから、道の真ん中で大きな声で、とんでもないマシンガントークで化粧品の説明が始まるのだ。

 彼に掴まった人は、そのトークによって彼の世界の中に引き入れられていくのが、近くで見るとよく分かった。そして、化粧品を高額で売る。騙している……わけではないかもしれないが、相当な技術だ。彼は明らかに周りの人間よりも販売数をあげていた。

 ある日、その人が新しいコートを着ていた。それはなかなか高級そうなコートだった。

「いやぁ、お店の人に似合いますねって言われたから、色違いも買っちゃったよ」

と言う。街中で毎日人を引っ掛けている人がそうした反応をしたのは意外だった。もっと疑い深く、他人の話を受け容れない固い人なのかと僕は思っていた。この人も、この人が毎日他人にしているように、他人に言われたことに影響を受けるのだ。

 彼だけでなく、話術に長けた人たちは柔らかく、影響を受けやすい。こちらのちょっとした一言にも敏感に反応をする。彼らは僕が言ったちょっとした一言にも丁寧に反応して、そのことについてどう思うかをゆっくりと感じた上で伝えてくれる。僕は彼らの話術、人を惹きつける影響力は、こうした部分にあると思い、彼らのような人を受け容れる柔らかさを大切にするようになった。

 それはチキンレースのようなものかもしれない。信じれば信じるほど、他人に影響を与えられ、信じ過ぎてしまえば、ただの騙される人間にしかならないというような。

『あなたは、なぜ、つながれないのか:ラポールと身体知』より)

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