ショパン 革命 〜鑑賞を2時間目音楽へ〜

コロナウイルスの影響で音楽の授業がピンチである。やれ、合唱は感染リスクが、とか鍵盤ハーモニカやリコーダーは口にくわえるから、とか。

これから2時間目の音楽の授業を始めます。れい
よろしくお願いしマンモス♡

(注)のりピー語(マンモスうれピー)が隔世遺伝して今の児童にも伝わっている。覚せい剤遺伝ではない

今日はゲストの先生がいます。どうぞ。入って!

身をかがめて教室に入ってくると、一言も喋らずピアノの前に座る大男。

うわ、めっちゃでけー。

映画"となりのトトロ"からオープニングテーマ曲"さんぽ"を弾き始める。

さぁ、みんな立って。いつものように音楽に合わせて歩くよ。

あのー、歩かなくてもいいんですか?

あぁ、歩かなくてもいいよ。
でもソーシャルディスタンスは守ってね。走るのはナシよ。

最初は普通のテンポの演奏に合わせて、元気よく手を振って歩く子供たち。
テンポが急な変化をし始める。
遅くなると、象さんになって歩く子供。
床に寝転び蛇のようになる子。
テンポが上がると小走りに回りながら進む子

走らないよ、そこ。あ、浣腸もダメダメ。

途中、ドラえもんやスーパーマリオなど曲を変えつつ
急に表情を変えて、ショパンの革命のエチュードを弾き始める。

ゆらゆらと手を広げながら彷徨う子
頭を抱えて苦しむ子
格闘技の試合を一人演じる子
パントマイムで牢屋に閉じ込められた囚人を演じる子

いいね。
もっと大胆にやっちまおう。キョータ、もっと激しく弾いて。

大男ピアニスト、更に激しく弾き続ける。左手の低音がうねりまくる。

歩かなくてもいいですか、の子:すげぇ、すげぇよ。この手!指が10本くらいあるみたい!

そうだな。お前よりも一本多いからな。

指の動きに吸い寄せられるように揺れる子

先生、私なんだか泣きたい!

そう言って教師に突進して抱きついてくる女のコ

捕虜はみんな射殺しろ!
もうこの世の終わりだー!

そのタイミングで最後の和音が叩きつけられる。
ダーン ダーン バンバーーン!

一人が胸を両手で押さえながら、派手に倒れるフリをする。

つられるように他の子もバタバタと倒れていく。

ヤ、ヤマ先生、や、や、やばい?

大丈夫、大丈夫。
よーし、みんな、起きろー。

じゃあまずは自己紹介
キョータ。自己紹介。できる?

あ、、、、。どどどうも、キョータです。

なんと、キョータくんは、ヤマ先生の元教え子です!

えー?

え、もとおしえごって何?隠し子みたいな?

いやいや、コイツが3年生の時にな、ヤマ先生が担任してたの。

へえー。じゃあ、元教え子ってことじゃん。オレたちと同じじゃん。

でも、めえっちゃくちゃでかい。

ねえねえ、ピアノ以外にどんなスポーツが得意なの?

強張ったキョータの表情が一瞬和らぐ。

ピ、ピ、ピアノ、以外に得意なスポーツ?
嬉しい質問。
うん。
オ、オレは、野球が得意でした。

コイツねぇ、プロ野球選手に絶対なるって子どもの時は言ってたの。小学校の時からずーっと野球ばっかりやってて。よく先生がカープ入れよ!って言うてたんだけど。

先生、昔っからカープファンなんだね。長い恋わずらわしい、だね。

それを言うなら、恋煩い(コイワズライ)な。
(注:重度のカープファンのこと)

へー、だから音もめちゃくちゃ強くて速いんだ。納得したー。

あれ、でたらめに弾いてるわけじゃないんですよね?

ばっか!何を失礼なこと言うとるんよ。

あ、ごめんなさい。

でたらめじゃなくってアドリブっていうんよね?先生。

あー、えええっっと。
アドリブじゃないの。

お前らー。これなぁ、ちゃんと楽譜もあるんだぞ。

えー!うっそ!?

でたらめじゃないのー?

マジでー?

え、え、え、じゃあじゃあじゃあさ、さっきのとおんんんなじようにもう一回弾いてって言うたら、もう一回弾けるの?おんんんなじようによ?

う、うん。おんんんなじように弾けるよ。

ヤマ先生、ホントに?

ホントホント。

マジすげえ!

じゃあさ、この曲に楽譜があるの?

ある。

カバンからショパンの楽譜を出すキョータ。

こ、これだよ。

見せて見せて。
うわぁ、なんじゃこりゃ。
なんか、楽譜まで呪いがかかってるみたい。
滑り台みたい。
ジェットコースターじゃね?
こんなん、誰が弾けると思うたんじゃろ。バカじゃね?
いやいや、すげえよ。むっちゃロックじゃん。
でも、これ先生とかに怒られなかったのかな?
ん?
こんな無茶な曲を作っちゃだめでしょ!とか。
あぁ、そうかもね。

あのさ、これショパンって書いてるよ。まさかさ、ショパンってさ。
あれ、ショパンって聞いたことあるな、そういえば。
日本のこと?
(注:ジャパン)

あ、ヤマ先生が前に弾いてくれためちゃくちゃ天国な曲、あれもショパンじゃなかった?
あ!そうかも。
きぃーみーがーーあーよぅうぉーはーーって
(注:それもジャパン)
それ、管理職に怒られそうになったから、やめて♥

黙ってたキョータ、ノクターンの2番を弾き始める

静かに聞く子供たち。
目を閉じてくるくる回り始める子。
指揮者のように腕を振る子。
旋律を一緒に口ずさむ子。
ピアノを弾く指をじっと見ている子。

この人やっぱり指が十本くらいあるよ。

ああ、すげえ。

ヤマ先生の100倍うまい。イテっ!

ヤマ先生のピアノもいいけど、なんか、、、ホンマもん感がハンパない。

ヤマ先生のピアノは素人が一生懸命弾いてるって感じで逆に感情がこもってていい時もあるんだけど。イテッ。

なんかさ、さっきから私の耳から腕突っ込まれてお腹までぐりぐりされてるの。ピアノのおんぷがね。
あぁ。また涙出てきちゃった。これはでも嬉し涙ね。わりと、そう。わりと、ね。

途中で終わらせるキョータ。

こ、この、に、にばんのノクターン、ヤマ先生、昔オ、オレにも、弾いてくれたんだ。

まだコイツがピアニカもロクに吹けない頃にな。

きれいな曲だね。さっきのとえらい違い。

うんうん。さっきのは怖かった。でも、これはすごいよしよしってされてる感じ。

さっきのはね、お母ちゃんが知らん男と裸でイチャイチャしてる時を思い出しちゃったけど、この曲はお父ちゃんとお母ちゃんが仲よくしてる気がする。

へ?何それ?気持ちワリぃ。あ、ゴメン。

いや、いいよ。うん、めえええっっちゃ気持ち悪かったから、おいらも。

いや、でもおれはさぁ、さっきの曲もそんなに嫌じゃなかったけどな。

うん、わたしも。なんかやる気スイッチだらけだったし。なんか気合い入ってたし、時々すんごいきれいでやさしいところがあったし。

あの、ぼくも話していいですか?さっきの激しい方のとか優しいふわふわな曲とか、振り幅がはげしい感じがですね、聞いていてこれどっちも同じ人が作ったのか?ってことでですね、ななんか、ショパンさんって人はですね、実は、なんていうかぼくの本当の方のママみたいなんじゃないかな、と思ったのでした。

"本当の方のママ"って、何?何人?

あのですね、国籍は、何かはわからないんですけど、ああ、国籍ってどの国の人かってことですね。多分、日本じゃないんじゃないかなぁと。目が青いし髪は金色ですごいスタイルもいい美人でしたから。あれですよ、今のママとは別の人ですよ。って、今のママも大好きですからね。誤解のないように言っておきますけど。その本当の美人な方のママがいつもは目つきが悪くって機嫌悪くって性格悪くって大変なんですよ。せっかく美人なのになんでかなって会うたびに思うんですけど。でも、きったない変な臭いタバコを吸い始めたらすっごく優しくなって、ギュッて抱きしめてくれるんですよ。それがもう、たまんないんですよ。わかります?

じぇじぇ!また口から泡吹いてる。喋りすぎ。

おっと、すみません、さわちゃん。

ねえ、でもおんなじ人がこんなにちがう雰囲気の曲を作るって、すごくない?

まるで、マッチに曲を書いてる山下達郎みたいだよね。すごいなー。
(注:近藤真彦に書いた"恋のNON STOPツーリングロード"や"ハイティーンブギ"など。"ハイティーンブギ"は何度聞いても達郎感が全く感じられないのが逆にスゴイ。"ギンギラギンにさりげなく"のB面だった"恋の、、、"も同様だが、達郎本人のコーラスが入る分まだわかる。)

本当に。マッチがどうたらってのはよくわからんけど、色んな曲を作れるってすごいよな。

いや、オレはそうは思わねえな。誰だって怒るときもあれば、優しい時だってあるぜ。さっき言ってたじぇじぇのオカンだか愛人だかもさ、

いや、本当の方の母親だってば。

それもさ、そんなマリファナやったからって優しくなるってだけじゃなくて、誰だって元から2つや3つぐらいは違う顔を持ってるもんなんだよ。ショパンだろうと誰だろうと、甘い曲を書きたいときもあれば、苦い曲でぶっ倒したい時だってあるんだよ。

マリファナじゃないからね。言っておくけど。

ショパンだってションベンするときもあれば、大便するときだってあるんだってことか。うんうん。

大便だけにうんうんってか?
いや、ショパンだけにションベンってか?イテッ。

マリファナじゃないからね。警察に見つかったけど、逮捕されなかったんだからね。合法なんですよ、合法。

じぇじぇ、また泡!拭いて、もう!

だいたい、色んな曲を書くって要は主張が無いってことかもしれねえぞ。相手によってコロコロ態度を変えるような奴かもしれねえし。

あの、ショパンがどうしてあんな激しい曲を書いたか、知ってる?ぼく、知ってるんだ。

何だよ、今度は?

あれね、革命ってタイトルなんだよ。
そうだよね、ヤマ先生。

うん、そうなんだけど。革命って意味知ってる?

もちろん。だから、それまでの持ってた一番強いカードがなんと、一番弱くなっちゃうんだよ。

何ソレ!?まじ、最悪じゃん。

でしょ?それでショパンはめちゃくちゃ怒ってあんな乱暴な曲を書いたんだよ。

ウソ?(注:ウノ)

でもさ、怒ってるからって、怒ってるような曲を書くってあやしいな。ホンキに怒ってるんだったら、ピアノぶっ壊すとか、楽譜破り捨てるんじゃないかな。

あぁ、そんなことしていたミュージシャンもいるよね。ねえ、ヤマ先生。

え、誰?(注:The whoとか)

だからさ、ショパンも怒ってたっていうよりは、怒ってるんだぞって誰かにアピールしたくて書いたんじゃないかな。

怒ってるフリってこと?

だってさ、曲を書くっていうことはさ、誰かにそれを聞いてもらおうとしてるんだから、当然こんな曲を作ったら聞いた人はどう思うかなって考えるでしょ。甘ったるい曲ばっかり作ってるな、とか思われたくないから、ゴリゴリの激しい曲を作ってやる!とか思うかもしれないし。
オレタチハミナオコッテイル
ショパン、オマエモオコッテイルダロウ
サア、イッショニイカリヲヒョウゲンシマセウ
って。
付き合いで怒っておかなきゃいけないことってあるっしょ?

しっかしさ、この楽譜渡されて弾けって言われたら、ちょっと参っちゃうんじゃないかな。こんな曲を弾ける人、その頃は何人くらいいたのかな?

多分、弾ける人探すのに苦労するぐらいじゃない?

プロレスラー先生はこれ弾けるようになるのにどれぐらい練習したの?

えっと、、、一ヶ月くらい。

学校サボってな。

えー、一ヶ月!?学校サボって一ヶ月!?じゃあ、30日×24時間で7200時間

ばか、学校サボっても飯喰ったりションベンしたりするだろ。
30×8×24だよ、タコ。

57600時間

いや、やっぱすげえわ。
計算、速いー!
ねえ、ヤマ先生。合ってるの?

色々間違ってるけど、計算は合ってる。

イエーイ!

ねえ、もういっかいひいてほしいな。こんどはわたしのために。

いやいや、オレのために弾いて。このかくめーって曲、オレのためにあるような曲だよ。さくらちゃんにはこの曲は似合わねえよ。

なんでよー。わたし、このきょく、きにいったもん。はげしくってぶるぶるして、きゅーーんってすきとおるもん。

よしよし。誰のためになのかはともかく。せっかくだから、もう一回弾いてもらおうか。
キョータ、こんだけの子どもたちの思いを受け止めた上で、もう一回弾いて。

ええっっと、ええっっと。
ちょっと集中します。はい。

指を広げてぶるぶるっと振るキョータ。

その仕草を真似する子どもたち。

目を閉じて大きく息を吸うキョータ。
シーンと静まり返る教室に微かに響く金魚の水槽の水音。

そしてキョータが叩きつけるようにシレファソシの和音を鳴らした。
直後、太い指から最大限のフォルテで蠢くように旋律が暴れながら鍵盤を転げ落ちていった。

放課後、、、

(ラップ調で)
HEYキョータ!
今日はありがとう
んで、どうだった?
参加してみて?

(ラップ調ではなく)
ひさしぶりに マジで
身の危険 感じた。
自分の してきた悪事が
全部見透かされちゃうんじゃないかって。

そりゃ、やばいな。下手したら死刑だろ?

いや、、、そこまでは、、、。
でも、、、

ねえ、ヤマ先生。特別支援って
なんなんですかね?

特別支援ねえ。なんなんすかねえ。

いやぁ、、、。
オレも、、、無茶苦茶だったし。
その後も、まあ無茶苦茶だったし。
ヤマ先生、オレにも特別な支援、してくれてたんですよね。

いや、全然。
オレは特別な支援とかやってたつもりはないし、これからもする気はないけどな。

オレって特別なんですかね?

まあ、オレにとってはお前は確かに特別なやつではあったけど。でも、みんなどこかで誰かにとっては特別だろ?そう言ったら。俺が一番特別かもしれない。

ショパンって、オレにとっては特別でした。
今日、初めてそう思いました。

いい曲書けそうか?

うーん。やってみます。

もう自分のこと、切ったりしない?

え?
、、、。はい。

よかった。
それを聞きたかった。
じゃあ、またな。

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