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九州北部豪雨から5年〜さようなら大学時代の思い出

愛華レイラ

はじめまして。愛華レイラです。
気になった記事を読みたくてnoteを始めてみたものの、まだ投稿はしたことなかった。

なので今日は練習も兼ねて思い出話を語ってみよう。


☆今日で九州北部豪雨から5年

今日で九州北部豪雨から5年経った。
九州北部豪雨5年 今も2人が行方不明 犠牲者を追悼 福岡 朝倉(NHKニュースweb)

当時、朝倉や八女の被害が大きく報道されていたんだけど、東峰村も田んぼが埋まったり、山が崩れたりと甚大な被害を受けた。
特に日田彦山線では、大行司駅が倒壊してしまうなど63ヶ所で被害を受けた。今も添田〜夜明〜日田間は代行バスでの運行が続いている。

2020年、日田彦山線はBRT(バス・ラピッド・トランジットの略)化されることが正式に決まった。

日田彦山線添田~夜明間のBRT化が正式決定。鉄道は廃止に | タビリス

バス・ラピッド・トランジットとは、バスを基盤とした大量輸送システムのこと。これは鉄道としての復旧を断念したということを意味する。
東峰村は最後まで抵抗したそうだが、最終的には受け入れざるを得なかった。

そしてこのほど、2023年夏にBRTひこぼしラインとして再出発することになった。

日田彦山線「BRTひこぼしライン」として再出発 開業は2023年夏 一部専用道 | 乗りものニュース

そこでこの機会に思い出話を書こうと思う。


☆腐ってた大学時代

うちが大学の時に住んでいたのが田川市で、日田彦山線はよく利用していた。
故郷神戸とは逆の環境で、電車が30分に1本で終電も早い。車がないと生活は困難だ。
母親に運転免許取りたいと言っても、実際に田川の暮らしぶりを見るまでは猛反対だった。田川の様子を見て、都会しか生活したことのない母親はカルチャーショックを受けていたっけ。
車を持っていないから、小倉や博多へ出るには電車を乗り継いだり高速バスで行くしかない。だからPayPayドームでの野球観戦やキャナルシティへ遊びに行った後、電車やバスがなくなって帰れずに野宿したこともある。
あまりに環境が違い過ぎて体はボロボロ。大学でも傷を抉られるようなことが起きて不登校になった。結局3回生で中退したけどね。

そんな人生で1番腐ってた大学時代の、数少ない美しい思い出のお話。

☆日田彦山線"逆走"の旅

大学3回生の時、春日で研修があった。
研修が終わったあと、ふと日田彦山線を"逆走"してみたくなった。
普通はそのまま西鉄天神へ行き田川後藤寺行きの高速バスに乗るか、地下鉄か100円バスで博多へ出て新飯塚経由で田川まで行く。
それを一旦久留米まで出て久大本線で日田まで行き、日田からそのまま田川まで帰ることにした。

研修が終わった後そのまま久留米まで出て、久大本線へ乗り換えた。
日田彦山線の日田から添田の間は更に電車の本数が少なくなる。夜明駅が日田彦山線の終点なんだが、日田まで電車が走っているので、どこで降りても変わらんだろうと思って日田まで行くことにした。
日田に着いて1時間くらい電車待ち。本当に日田はのどかなところ。緑いっぱい。写真撮った気がするんだが全く残っていない。
日田で一旦降りようと思ったんだが、電車を逃すと次いつ来るか分からないので断念した。

☆初めてじっくり見た英彦山と駅舎


日田から日田彦山線に乗りかえて発車。
電車に乗っていると、車窓に英彦山が見えた。

この時初めてじっくり英彦山を見た。
英彦山は綺麗なだけでなく威厳があった。当時は知らんかったけど、英彦山って修験の山なんだよ。山の中腹には英彦山神宮もある。この威厳は霊山というのにふさわしかった。
そして、1番印象に残ったのが夜明から添田に行くまでの駅舎の数々。無人駅で建物が古くてもきちんと手入れされていた。近隣住民が駅を大切に守っていることが伺えた。

沿線は本当に緑ばっか。The田舎。沿線沿いにある東峰村は棚田で有名なところだけど、行った時が田植え終わった時くらいで、あまり棚田は見えなかったな。緑いっぱいの所でホンマに綺麗だった。
あまりに綺麗だったので、駅舎と風景を見物しに大行司駅や宝珠山駅で途中下車したら良かったけど、帰れなくなりそうで降りなかった。ホント電車の本数が少なすぎる。
こうして田川へ戻っていくにつれ、いつも見ている風景に戻っていった。ホッとしたひとときは終わった。
でもあの時見た緑いっぱいの田舎の風景と威厳ある英彦山は、今でも忘れられない。


今の会社に入社する前、障害年金の申請で大学時代に通っていた病院の診断書が必要になり、10年近くぶりに田川を訪れた。しかし、街は中退した時と変わらず閑散としていた。もう2度と田川に来ることはないとこの時に思った。
もう一度添田や東峰村を訪れたかったけど、泊まる場所が見つからないし、金銭的余裕もなく結局断念した。それを今は後悔している。

☆大行司駅倒壊す

九州北部豪雨の時、ネットでめちゃめちゃに壊れた大行司駅の写真を見て絶句した。
あんなきれいに手入れされた駅舎が倒壊。見る影もなかったのにはすごく大きなショックを受けた。他所で起きた災害で絶句したのは、東日本大震災と九州北部豪雨と西日本豪雨のみだ。
正直言って日田彦山線の被害を聞いて、添田から先は廃線を覚悟した。大学時代もそんなに人が乗ってなかったし、日田から田川まで乗って帰った時も、乗っていた車両にはうち以外誰も乗っていなかった記憶がある。
だからBRT化決定は、寂しいと思いつつ仕方ないなと思った。ようやくこの手付かずの区間をどうするか決着がついたんだなと、安堵した気持ちが強かった。

ググっていくとこんな記事を発見。日田彦山線の沿線風景が見れるのでぜひ見てほしい。めがね橋は初めて全容を見たけどめっちゃすげえ。

もう二度と列車が走らないーー「日田彦山線」の名物めがね橋を振り返る | GetNavi web ゲットナビ

あの緑いっぱいの風景と英彦山は一生の思い出だ。

九州北部豪雨から5年。節目を迎えてどうしても日田彦山線の話を書きたかったので書いてみた。
折しも今日、台風4号が佐世保に上陸。今年も大雨のニュースを聞く季節がやってきたと思う。
九州北部豪雨で亡くなられた方に合掌。


最後までご覧いただきありがとうございました。
愛と感謝を込めて

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