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サムスンの「超格差戦略」とは何か?

「超格差」(초격차/チョギョッチャ)とは、サムスン電子の競争戦略を指す言葉である。現代韓国社会の収入格差を連想される方もいるかもしれないが、それとは関係がない。正確には「超格差戦略」(초격차전략)と呼ばれる。

元々はサムスン電子内で用いられ、外部でも知られるようになった用語のようだ。とはいえ、韓国の一般社会において正確な概念が共有されていたわけでは必ずしもない。一般には、市場独占・寡占のような感覚で用いられ、「サムスンのすごい競争力」のような漠然として意味として捉えられてきた。日本ではもちろん、あまり馴染みのない言葉だろう。



2018年9月にサムスンの元会長であったクォン・オヒョン氏が、その名も『超格差』というタイトルの本を出した事で、初めて当事者による正確な説明がなされた形だ。(原題:『초격차 -넘볼 수 없는 차이를 만드는 격-』)(日本語未訳)

サムスン電子は、言わずと知れた、エレクトロニクス業界の巨人である。メモリ半導体でとスマートフォンの世界シェア一位、ファウンドリ事業でも世界二位につける。昨年はメモリ半導体不況により業績を落としたが、売上高230兆4000億ウォン(約21兆円)、営業利益27兆7700億ウォン(約2.6兆円)を記録した。時価総額は世界14位(直近)に付ける。そのサムスンにあって、創業家以外で初めて会長にまで登りつめたのが、クォン・オヒョン氏だ。

(写真:クォン・オヒョン元会長)

クォン・オヒョン元会長は、米スタンフォード大学で電気工学の博士号を取得し、1987年に当時のサムスン半導体研究所に入所。開発部門に従事する純粋なエンジニアであったが、1998年に突如、経営部門に異動させられる。当初、経営の門外漢だった氏は戸惑うが、そこから叩き上げ、サムスン電子の会長にまで登りつめた人物だ。在任中に米インテルを抜き世界半導体1位を実現(19年に2位に陥落)するなど成果は華々しいが、メディアなどを見ると、面識のあるという人は、決まって「控えめな人」、「物静かな人」というような印象を語る。

同氏の著書『超格差』は、リーダー(第1章)、組織(第2章)、戦略(第3章)、人材(第4章)で構成されているが、戦略論として読むのであれば、やはり第3章が見どころになる。

(画像:書籍『超格差』の表紙)

同章において、クォン元会長は、「どのような状況においても利益を出せる方法はないか?」と考えたと述べる。それはリーマンショックによりサムスンが赤字を出した年だったという。熟考の末、出した結論は、「これまで行ってきたような絶え間ない努力や改善では競争相手を少し制するだけで意味が無いということ。そこから脱するためには、絶対的な競争力が必要であり、これを達成するためには改善ではなく、革新を行うしかなく、競争相手が真似できない”超格差戦略”を実施する」ことだったという。

超格差とは、「単純に技術的な格差のみをいうのではなく、研究開発目標の設定や方式・製造ラインの運営とシステム・インフラ・働き方・文化などすべてを変化させるという意味が込められている」とし、「改善は部署別に順次、もしくは部分的に行うものだが、革新は全部門で同時に行わなければ成功しない」と説明する。

例として、クォン元会長は当時、固定されていた製造部門と技術部門の垣根を取り払い、マトリックス組織体系にしたという。組織内で抵抗もあったが、(時系列は不明だが)ときには両部門の責任者を電撃的に取り換えるなどしてセクショナリズムを徹底排除。それにより各ライン別に最適化されていた工程も再検討が可能となり、製造目標レベルも大きく引き上げることになったという。

その成果が3D NANDメモリであり、大容量SSDだったという。これらは、新しい工程・材料・アーキテクチャー・シュミレーションによって開発できたものであり、競争相手よりも数年早く販売できたと述べている。(※成果についての具体的な数字などについては同社の経営機密に結び付くということから伏せられている)

クォン元会長の説く超格差戦略は、一見、ピーター・ティールの「ゼロ・トゥ・ワン」戦略に似ている。同戦略は市場の独占や寡占により、無競争で十分な利益を得ようというものだ。しかし、同書では、無競争を否定している。クォン元会長は「仮に一つの企業が一つの製品群を独占するとれなれば、市場が生物学的循環機能を失うことになり、その企業の発展や変身も止まることになる」と述べている。

そのうえで、「超格差は単純に市場パワーや相対的順位を意味するものであってはならない。それよりも、比較不可能な絶対的技術優位と、絶え間ない革新、それに見合う社員たちの格を意味しなければならない」と説明している。

競争を排除せず、あくまで、革新によって優位を得るという考え方である。同氏はまた、無駄な会議を無くす必要性や、部下の労働負荷を安易に増やす事の危うさ、事業に優先順位を厳密に付けることの重要性などにも言及することで、戦略論としての「超格差」の説明に奥行きを与えている。

半導体やスマートフォンで世界一位を達成したサムスンという企業の競争力の源には、(競争によって得られる緊張感も糧にしながら)絶え間ない革新を行うというスタイル(超格差戦略)があるということは、エレクトロニクス業界に限らず、ビジネス的観点からも参考にすべき知見であることは間違いない。

ただし、その競争スタイルが、外の世界からみれば、必ずしも素晴らしいものとしてだけ映っているわけではないのは周知の事実だ。

例えば、サムスン電子はパク・クネ前大統領の政治スキャンダルの中心人物だったチェ・スンシルにいち早く近づき、数々の便宜を図った疑いが持たれている。そのため、サムスングループの事実上の総裁であるイ・ジェヨン副会長は贈賄罪などで逮捕され、現在も審理中だ。

同社がチェ・スンシルに一早く近づけたのは、同社に強力なインテリジェンス組織があったからだといわれる。その名も「未来戦略室」だ。

サムスンが持つ情報組織

17年に報道された「国家情報院の上に”サムスン情報院”」という時事ジャーナル(韓国メディア)の記事によると、当時サムスンは政官財の多方面に情報協力者が存在し、得た情報は必ずクロスチェックで検証され、全てデータベース化されていたという。金日成(当時主席)や金正日(当時総書記)の死去も、政府情報機関である国家情報院より早く掴んでいたといわれるぐらいのレベルであるとされる。サムスンが情報を重視する姿勢は創業者の時代から受け継がれてきたものであり、他社とは決定的に違う特徴であると同紙は指摘。そのため情報部門は出世コースであり警察大学出身者もいたという。

サムスンの情報力重視の姿勢については、日本の半導体専門家である湯之上隆氏(微細加工研究所のCEO兼所長)の著書にも探せる。時間は遡るが2006年時点でサムスン電子には「DRAM、NANDフラッシュメモリと、極論すれば2種類しか品種がないにもかかわらず、そこに230人ものマーケティング要員がいたのである。競合他社と比べると、2桁多い数字である。数だけではない。サムスン電子は、最も優秀な人材を、マーケッターに抜擢する。」と指摘。また、「このような質量とも潤沢なマーケッターが、1990年代に起きたコンピュータ業界の変化、すなわち、大型コンピュータに代わってPCが上位市場になる予兆を的確に捉えた。」と記述している。(『日本型モノづくりの敗北 –零戦・半導体・テレビ-』湯之上隆著)

上記のマーケティング部門と未来戦略室に関連があるかは確認できていないが、サムスン電子が以前から情報力を重視していた事は間違いないだろう。ただ、その優れた情報力が、脱法的な目的のために活用されたとなると話は異なる。

チェ・スンシルへの便宜供与が明るみに出た後、サムスン電子の未来戦略室は廃止された。世界市場を席捲するパワーを持ちながらも、どこか過剰で、やり過ぎな印象を抱かせるのがサムスンだ。

クォン元会長が、そのようなサムスンの暗部に関わっていたという指摘は目にしないが、クォン会長の著書には、サムスンという企業が持つ、競争へのゼロサム的な感覚が少なからず織り込まれている。

ゼロサム色の強い感覚

たとえば同書の冒頭には「私自身が状況に合わせて変身しなければ、成長はおろか生存もできない」という同氏の言葉がある。また、「自身の位置に満足し、それ以上の変身を止めてしまうと、必ず他の誰かに捕食されてしまう」と説く。そして「圧倒的でなければ、いくら1位であっても一気に崩壊するのが今の時代。より高い成長をするために、超格差という圧倒的体制を強化し、絶え間なく変身しなければならない」と述べている。

まさに、「殺らなければ殺られる」ともとれる記述だ。ハングリー精神というには足りない切迫感のようなものが伝わってくる。朝鮮戦争の最中(52年)に生を受け、テレビも満足に作れなかったという当時の三星(サムスン)に入社し、研究者から叩き上げてきたクォン元会長からすれば、これくらいは当たり前の感覚なのかもしれない。また、半導体事業という一種のチキンゲームにおいて勝ち残った製造企業であるからこそ、絶対的優位がないと生存できないというゼロサム的な感覚が研ぎ澄まされたとも考えられる。

クォン元会長は同書を次のよう言葉で結んでいる。

「これまで私たちは他者が作曲してヒットさせた歌をうまくアレンジしたことで大成功を収めた。しかしアレンジはもう終わりにして、我々自身の歌を作曲すべき時代だ。これからは誰も教えてくれない道を歩かなければならない」

イ・ダリョン

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