菓子パンを捨てた

 菓子パンを捨てた。
 ポケットにハンカチを入れ忘れたとか、予約していたのに散髪に行くのを忘れてた、みたいなことは皆の衆も日常茶飯事だと思う。

 今は昔、当時勤めていた職場の人から菓子パンをもらった。聞いたことのないマイナーなメーカーの、クロワッサンみたいなパンで、ありがとうございますとは言ったものの、全然美味しそうでなかった。その人のことをあまり好きではなかったから、余計にそうなったのかもしれない。
 未開封だったので、さっさとカバンにしまい、そのまま自宅へ持って帰った私は、なぜそうしたのか全然覚えていないのだが、その菓子パンを寝室のクローゼットの小棚に置いた。酔っ払っていたわけでも、ラリっていたわけでもなく、完全にしらふでクローゼットにパンを置く私。そして、置いたことをすっかり完璧に忘れてしまう私。

 数年後(四捨五入したら10)、クローゼットの増えすぎたガラクタを片付けていた私は、奥の棚からビニールの袋を発見し、
「あ、ああ! これ、あのときのパンやんけ、そういえば食った記憶なかったけど、っていうか、なんで、こんなとこにあんねん。え、なに、誰が置いたん、って俺しかおらんけど、こわ、こわい、こわいです。クローゼットに菓子パン置いとく人怖いです。つうか、これ全然変化してへんやん、だいぶ前やでこのパンもろたん」
 あらゆる方向からしげしげと菓子パンを観察する私。驚くべきことに菓子パンはあの時から何の変化もしていない。カビてもないし、乾燥してパリパリになってもいない。
「え、なんで。ふつうカビとか生えるやろ、いやまあ、クローゼットの中でカビなんか生えとったら最悪やったから、ラッキーやけど。でも、まったく変化してないってどういうこと、これ食べたら不老長寿になれるんちゃうん。おれついに人類の夢、発見しちゃった?」

 とか言いながら、賞味期限がぶっちぎりで過ぎた菓子パンを袋のままゴミ箱へ捨てた。

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