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小説 電子禁煙

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2020年9月の記事一覧

小説 電子禁煙 最終章 復讐と呼応

小説 電子禁煙 最終章 復讐と呼応

 退職してサラリーマンという肩書を失い、退職の目的であったアプリ開発は法律によって禁止され、アプリがなければログの解析も必要なくなり、24時間ひっきりなしに届いていた苦情要望罵倒のメールも当然来なくなった。アプリのために人生の舵を大きく切り、アプリのための生活をし、アプリのために喜怒哀楽を発生させていたのに、もうアプリとは関係がなくなった。それによって、いつしか何者でもなくなったシメジの手元には巨

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小説 電子禁煙 第八章 個人と国家

 日暮れとともに降り始めた雨は雨脚を強め、北風とともに窓に打ちける横殴りの雨となり、暴風雨の雨天の夜であった。大粒の雨の雨音のせいで、そして、発達した雷雲に光る雷の爆裂音のせいでテレビの音は聞こえず、初老のスジガネはテレビのボリュームを何度か大きくし、テレビのスピーカーから発せられる音はそれに合わせて大きくなり、拮抗する雨とテレビの音が部屋を満たした。
 スジガネは先ほどから夕食の箸を止めて、テレ

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小説 電子禁煙 第七章 退職と引継

 世の中の働く人たちがなぜ働くかというとそれは働かないと生きてゆけないからであり、生きるとは、食べたり、住んだり、着たりすることであり、そういうことをするにはお金が必要になるので、お金を手に入れるためには働かないといけないということになる。だから、日々、虚空を見つめ、何の仕事も与えられず、やりがいなどという言葉とは無縁の販売促進部の皆であっても、働いているふりをして、給料という名のお金を手に入れて

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小説 電子禁煙 第六章 不正と処罰

小説 電子禁煙 第六章 不正と処罰

 アプリの急激な普及、配信停止と解除、アップデートに対する賛否両論、ネットでの殺害予告など、短い期間に起こった多くの騒動を、アプリ開発者として、自分の事として経験してきたシメジであったが、しかし毎日は他のサラリーマンと同じように満員の通勤電車に揺られる生活を繰り返していた。

 その日もいつものように出社したシメジは、いつものようにバッグをデスクの下に置き、いつものようにパソコンを起動し、いつもの

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小説 電子禁煙 第五章 進化と欲求

小説 電子禁煙 第五章 進化と欲求

 光の明滅と超音波を組み合わせることで、脳に強制的に興奮物質を分泌させ、人類を気持ちよくさせるという恐ろしい仕組みを、自分が勤める会社のデータベースから盗み出した技術を用いて、スマホアプリとして再発明したシメジであったが、この技術にはまだ改良の余地があるのではないかと感じ始めていた。有効なパターンはあの研究資料にあった一種類だけではなく、より強い興奮と快楽を与えるような別種のパターンがあるはずだと

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