オオカミがドジョウすくいをする

「おーい 深田 今日は春田さんちに行くぞ!名刺忘れず持ってこい」

「課長 今日は菜月さんのお宅じゃなくて 叔父さんのお宅ですよ」

「えーい わかってるぜ !それより深田!カーナビで住所出してくれ オレは機械オンチで出来ないんだよ!」

「はい かしこまりました 燃え尽きる寸前会社と…こちらで間違いないはずです」

「お前 何か引き受けたら ガッテン正一!って答えるのがビジネスマナーだぜ!」

「… 叔父さんはお忙しいので早く行きましょう 駐車場は自宅ですが 横付けは禁止です」

「へいへい そんじゃ ついでに俺のゴーグルちゃんに天気聞くぜ! 」

社用車で訪問なのにバイクのヘルメットとゴーグルを装着する猛者を深田は止められない

「ゴーグルちゃん 今日の天気はどうですか!」

GPSの内蔵されたゴーグルをこんな使い方できるのは日本広しといえど石橋だけだろう

ゴーグルちゃんは「今日の名古屋は晴れ降水確率は30パーセントです」と告げる

空を見上げる深田は猫のかたちの雲を見上げるとスマホで写真をとる

ー これが終わったらねこカフェにいこう

スマホのメイン画面は三毛猫 胸のポケットには800円 

ー 消費税が上がったら 値上げするんだろうな 何としても商談をして ねこカフェに通い続けよう 

深田はほほえみ 社用車に乗り込む

「課長 ゴーグルは後部座席にお願いしますね」

「へいへい 平気の平三郎!」

二つ返事をされるたびに車内の温度が上がるのはたまらない

助手席の窓を閉めて クーラーをつける

FMラジオに合わせて石橋と口ずさむ
ー 人間っていいな!

猛者とハモるのも楽しめるようになってきた

社用車は郊外のアスファルトをかけてゆく

ピンポーン 貴久の自宅についた深田はチャイムをおす

「はい〜 春田です 燃え尽きる寸前会社は本日 臨時休業しています〜」

あれ?叔父さんは今いないのだろうか

深田は猛者と目を合わせる

ガレージをみると そこにはインターホンを操作する貴久の姿が

眠たそうに あくびをしながら 園芸雑誌 king of gardenを片手に手招きしている

「来るなら おやつの時間より前にきてください~」

ガレージの奥にはスナック菓子を抱える広吉の姿も

「貴久さんこんにちは お忙しいところすみません」接客モードになる深田と

目ざとく シーケンスを見つける猛者なり

「春田さん こんにちは 今日は何を作っているんですか?」

今日の日替わり定食はなんですか?
みたいなノリで聞いてしまう石橋に

貴久は怠けた目をして対抗する
「今はサボタージュタイムなので~またこんど〜」

シャッターを閉めようとする貴久の間合いに入るべく

深田と猛者はガレージにすべりこむ

貴久は嫌そうに ドライバーをおいた

「んで〜なんですか??」

「春田さん 上司で課長の石橋猛男さんです」

猛者はいきなり 直立不動になると
皮の名刺入から 隙なく 1枚取り出し

シャッターに背を向けて 45度 腰を曲げる

「石橋猛男と申す者です!」

深田はわずかにソーシャルディスタンスをとり 苦笑いをマスクの中にかくす

春田はあっけにとられて動けない

「お兄 どうしたの? 」
菜月がガレージに姿をあらわす 
今日は黒のワンピースに白のサンダル姿
だ 

石橋の目がらんらんと輝く
「今日はまたいっそうと シックなスタイルですね!」

叔父などお構い無しにトークを初めてしまう 石橋の話題をそらすべく貴久は

「石橋さん~それって今話題の喋るゴーグルですか?」と尋ねる

「はい!これはGPS搭載の喋るゴーグルちゃんです」

なんの悪気もなしに擬人法の上級者テクニックを使ってしまう石橋

貴久は過去に一人だけ 付き合ったことのある女性を思い出す

あれは女性ではなくて 怪物の1種だったな~ 菜月には教えられないヤツ~

感傷に浸る貴久とセクハラ寸前の猛者は ジリジリと距離をあけてゆく

深田と菜月はどうしようまいかと目を合わせる

ゴーグルちゃんを目でロックオンする貴久と冷や汗をたらしながら守る猛者

ーこんなに真剣な課長は見たことない

ーお兄 まさか女性のこと考えているの?

「うゔん!」石橋は咳払いをして
ガレージを見渡すと朝礼台の校長先生のようにあたりを見回した

貴久は宿題を忘れた子供のように目を伏せる

「男の夢ってなんだと思いますか?」
 
「オレは昔 バイクのエンジンをバラして壊す子供でした」

石橋がいやそうに顔をしかめる
ーオレがバイクが趣味なのを知っているのか

腰のバイクの鍵を隠すように下がる猛者

菜月は猛者に踏まれないよう 横にずれる

サンダルに触れるカゴを見かけ貴久をこづいて聞く

「今日こんなに落ち葉とったのにまだ 捨てないの?」

「これまだ 乾燥してないから捨ててないの〜」

深田はそのカゴを見て少年時代を思い出す

ー清さん どじょうすくいは踊るが勝ちだ!

ねじり鉢巻に胴長姿の大将は勢いよく泥をはねて微笑んでいた

深田は接客モードを解除 貴久に質問をする

「貴久さん これってどじょうすくいできるザルですか」

「ええっ??」深田の問いに三者とも唖然とする

「深田!これはむつ目籠だぞ!」猛者が顔を真っ赤にして反論する

「お〜!深田さんいい趣味してますね〜これなら立派などじょうが捕まえられますよ〜」 貴久はスネ夫くんのような嫌味をいう

「課長さん?むつ目籠ご存知なんですね」

田園のどじょうの如く元気を取り戻した猛者はピチピチと喜んでいる

「この石橋 どじょう定食を食べて育ってきたので」

深田はしょんぼりと目を伏せると おやつを横取りされた猫のように
黙ってしまう

貴久は怠けた魚の目をゆっくり動かす そして

「しょ〜がないですね〜どじょうに免じて商談に参加しましょう」

と名刺プリーズ〜と手を差し出す

素早く名刺を取り出す深田を見て

菜月は「またかぁ」とため息ついて
母屋にはいっていく

デスクの角を借りると深田は2枚の名刺に素早くメモを走らせる

「では!次回はこちらでお願いします」

晴れやかな少年のような笑みを浮かべる深田に迷いはない

名刺を胸ポケットにしまう貴久 

「これは菜月に渡しときます〜」

猛者が一礼して「あーざいやす!」と答える

「そんじゃ 夕飯買いに行くのでまた〜」

深田と猛者がガレージから一歩身を引くと

シャッターはウィーンと音を立てて閉まっていく

夕暮れを迎える街は大きな太陽の温かみを明るく帯びるのであった










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