『ライオンのおやつ』を読み終えて。
昨夜の午前1時半ぐらいに、小川糸さんの『ライオンのおやつ』を読み終えた。
お酒は飲んでいないのに少しふらつきながら冷蔵庫へ行き、グラスに水を注いだ。一杯飲んでも足りず、二杯目、三杯目、四杯目を一気に飲む。
ランニングから帰ってきたあとでもコップ一杯でだいたい満たされるのに、昨夜は飲んでも飲んでも飲み足りず、水が飲めることがありがたくて、ただただ飲み続けた。(思い出すだけで喉が渇いてくる)
本を読んでこれほどまで喉が渇いたのは初めてだった。
小説の中では、33歳で余命を告げられた主人公・雫が瀬戸内の島のホスピス「ライオンの家」で残りの時間を過ごすことに決める。決めると言っても、そこにたどり着くまでには壮絶な心の戦いがあった。
なぜ健康だった頃から、もっと大切に生きてこなかったんだろう。
ライオンの家では毎週日曜日の15時に「ゲスト」ひとりひとりのリクエストによって思い出のおやつが配られる。もちろん手作りだ。
おやつが配られる前、ホスピスのオーナー「マドンナ」がそのリクエストの手紙を読む。ゲストひとりひとりの歩んできた人生、そのおやつへの思い入れ、最後にそれを選んだ理由、後悔、懺悔、願いが読み上げられていく。
ゲストの多くは、出されたおやつを食べられないほどに身体が弱っている...。または手紙を読み上げられる頃にはもうこの世界にいないかもしれない。
それでもおやつの時間にみんなは集まり、実感するのだ。
「最後の瞬間まで人は変われる」ということ。
* * *
去年、私よりもずっと若い大切なひととのお別れが突然訪れた。その数年前に私のもとに「急に会いたくなりました」と連絡があり、彼女は東京まで新幹線で出てきてくれた。
最初に出会ったのは彼女がまだ10代だった頃。私は20代半ば。スクールの生徒として授業を受けてくれていたあの頃から、その大人びた落ち着きに励まされていた。
再会したのは8年ぶり、彼女の笑顔は大人の笑顔に変わっていた。30代になった彼女は強く、深い優しさに満ちていた。圧倒された。
私たちはスクール時代の話、その後の辛い話や乗り越えたエピソードをワッハッハと大笑いしながら話した。
その笑顔が、今も焼きついている。
* * *
おやつは生きていくためには必要のないものかもしれない。
でも大切な人を思い出すとき、できることなら「笑顔」を思い出したいと願うように、甘くてやわらかい手作りのおやつは私たちをあたためてくれる。
その瞬間も、そのずっとあとも。
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