頭で食べる人が心で食べる人に変わっていく旅の途中
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頭で食べる人が心で食べる人に変わっていく旅の途中

ラウラミーカ くどうみよう

家事が苦手、できれば1日中本を読んで想いを巡らしていたい、という私が、家事でいちばんなにに頭を悩ませるかといえば、それはもう料理だよなあと、家族への料理と格闘してきたここ十数年、思い起こせば実に感慨深い心の旅であったと思っています。

家族が食べたいものは私が食べたくないもの、ということがよくあって、でも「家庭内の料理担当は即ち食堂の調理人である」と捉えているので、あくまでも家族のオーダー優先で作るわけで、故に料理は半ば苦痛だったのですが、311を機に、それは自分の方に問題があったのだと気づきました。

私の問題とは、家族への食事を義務とイデオロギー、つまり頭で作っていたというところでした。

友人と一緒に作る料理は楽しい。美味しい。食べたいものを純粋に作れる。その点で喜び以外のなにものでもない幸せの物質化でした。元来私は料理が大好きなのです。茗荷とししとうを美味しい油でただ炒めただけのもの。そこに塩と胡椒少し醤油。塩麹に漬け込んだトマト、梅醤番茶、長岡式酵素玄米、ミントとキノコで作った米粉のパスタ、デーツのローストにディルのソースをかけたサラダ、甘酒のアイス、野菜を蒸しただけのもの。友人とキャーキャー言いながら作る料理の美味しいこと楽しいこと。

ところが家族への料理となると一転して、義務となり、自分で食べたくないものをボランティアで作る、それが休みなく毎日続く、という、デフレスパイラルの迷宮に落ちた気持ちになります。結婚当時の「家事は女の仕事」と呼吸をするように自然にそう思っていた夫のありようと、全く進まぬ第1子の離乳食で、「あ、結婚生活ってドルチェビータでもなんでもないですね」と落胆した状況も手伝い、家族、特に子供への料理は自分が全身全霊で食べたい料理とはかけ離れたものとして、ほぼ諦めの対象となってしまっていました。

さりとて母親というのはすごいもので、

「この小さな命。私が美味しい食事を用意しなくて誰がする。」

と奮起するわけで、だが、だがしかし、この使命感みたいなものが間違い、いや完全に間違いではないんだけど、心が硬直していくきっかけになってしまったんだと、今ではわかります。

「良いものを食べさせてあげたい」と思いすぎて、食の全てを情報だけでコーティングするオーガニックママに傾いていき、そのあたりから思考が不健康になっていったんです。

不健康というのはこの場合、外から仕入れた情報だけで判断し、判断だけならまだしも妙なイデオロギーを自分の中に構築し、それを元にあれこれジャッジし始めてしまって(アホすぎる)、体感との静かな対話を端折った結果、本当に自分に合うもの、自分が処理できるものを体で掴めなくなっていく状態、食材は良くても心が窮屈だから、何かがいつも未消化でうまく回っていない状態を指します。

思えばスローフードとかロハスという言葉が流行り出した2000年くらいから友人がベジタリアンに走り、食材の追求が始まって、おしゃれで美しい彼女が推奨する食の世界こそ、良識のある人たちの最新のチョイスなのだと思い込み、イケてる側の流れに乗っかりたいという浅はかな願望を持ち始めたという、なんともお恥ずかしいその志向も、自分をオーガニックママへとひた走らせた原因のような気がしています。

そしてそこにSNSという劇薬が注入されたものだから、まあもう本当に見事なまでにコマーシャリズムに踊らされ、鏡越しでしか確認できない自己ゆえに、リア充アピールオーガニックママが出来上がってしまったわけです。


最初は、息子の離乳食が全く進まない問題を解決するところから始まりました。

セオリー通りに離乳食を作っても全く食べない。お粥も、柔らかく煮た魚も野菜も卵も果物も。お菓子は食べたそうにするし、実際好んで食べるけど白砂糖の塊だから体を酸化させる。故にあまり食べさせてはいけないらしい。でもじゃあ何を食べさせたら。。。そう思っていた時に野口整体で子どもを育てているレストランのご主人に出会い、

「良い牛肉をさっと焼いて、少しだけ醤油を垂らし、それをガーゼで包んで、吸わせてみてあげてください」

と言われ驚愕しました。

どう検索してもヒットしようのないアドバイスに戸惑いつつ試したら、息子がものすごい勢いでガーゼを吸い始めたので再び驚愕し、孤独な戦いに終止符が打てる、と心底ホッとして活路を見出した思いでした。誰も知らない土地で1日中子どもと2人きりだったので、きつかったのだろう、自分が進みたい道を照らしてくれる明かりを欲していたのだなあと、その頃の自分を愛おしく思います。

そのレストランでは野口整体の勉強会も開いていて、本を何冊か読み、予算の許すときは施術会にも参加し、無農薬の野菜を買い、良いお肉を買い、平飼いの卵を買い、油も良質のもの、調味料も全て良質のもの、おやつもできる限り手作りで、と示された道標のままに進み、大好きな教科の新しい参考書を手に入れたように次々と知識を吸収していきました。

ただ、それと共に、他への受容力がどんどん低下していきました。両親が「あなたが使っている醤油は塩がきつくて体に悪いからスーパーの減塩醤油を選びなさい」といったその言葉を蔑んでいましたし、10個98円の卵を爆買いする節約貯金上手ママにも疑問を持っていました。

純粋に食の質だけを見れば、そして他の生命との共生を考えれば、その頃の私は良い選択をしていたとは思います。

自然界を守ってくれている虫を殺傷する薬のついた野菜が、地球や人間に対して無害なはずがないのだし、抗生物質、ホルモン剤の投与をされていないお肉が子供の小さな体にとって良いのは事実だろうし、平飼いの卵で遺伝子組み換えの作物が飼料に入っていない卵は安全が担保されているだろうし、脳に害を与える油よりも良質の油のが良いだろうし、塩化ナトリウムではない天然塩のミネラルやマグネシウムを摂取することももちろん良いことだろうし、在来種の大豆と麹で手作りした味噌や、正しいお醤油は明日の免疫を担うと思っていましたし、実際そうなのだろうし、

いいのだと思います。

でもそれらを扱う肝心の私の心持ちが良くなかった。ここがいかんと、全部がいかんことになるんですよね、ほんと。

私は分かってる人。ちゃんと問題意識を持って食に取り組めている人。味の違いもちゃんと分かる人。子どもの体のことをちゃんと考えてあげられている人。

こんな選民思想を持っている、どこか上から目線の母親に健やかな未来はないですほんと。狭量な視野をもって作る料理では、味のふくよかさが半減すると思います。

私はまさにこれだった。
良い食材との親和性が低かったのです。

ただ純粋に食材とのランデブーを楽しんで、愛する人を見守り、その人の喜びにリーチすべく心と手を連動させ、全集中で料理をしていれば良かったのに、他者の評価を入れこむからいけない(折しもSNSがどんどん活発化している時でした)。比較によって際立つ自分を確認したいという欲に絡め取られるから、どこか険のある味になっていく。

自己承認欲求と自己顕示欲、自分ブランディングがない混ぜになって進んでいく子育てほどお粗末なものはなく、そこから発した食の探求も一部純粋な動機はあるのだろうが、さりとて他人の目がからんでいる以上、食べた人のエネルギーを朗らかに循環させられる料理からは程遠くなってしまう。そこに気づかず自分勝手な定義を暴走させながらオーガニック道を邁進していたのでした。


ところが情報デブな私はそのうち、相反する情報の狭間で立ち止まらざるを得なくなります。


”牛乳は日本人は耐性がないから飲まない方が良い。いや、小さなうちはその理論は当てはまらない。むしろ牛乳が有効だ。”

”植物性タンパク質を摂っていればいい。いや、動物性タンパク質の摂取は必須だ。”

”身体の酸化を止める世界各国のスーパーフードを積極的に取るべし。いや、地元でとれた食物をとるのが一番自然で健康に良い。”

挙げ句の果てには、健康体を目指す万人に共通のギフトであると信じて疑わなかった発酵食品までが、

”かび毒にかかりやすい人、かかっている疑いのある人は腸の回復を図るために須らく発酵食品を避けるべし”

と。これは息子の体を治療してくださった中医学の先生が仰っていたことで、体内のかび毒はマイコトキシン検査でチェックできる、その結果かび毒の除去が必要と判断された人は一定期間発酵食品を抜いてくださいと指摘があって、これまた完全に、ハリボテのような私の情報タワーが瓦解していった大きなきっかけとなりました。

更には、「水はとにかくたくさん飲むべし」「成人は少なくとも1日2リットル」という、ゆるぎ難い基本のキ印がついていたはずの健康法にもメスが入り、

”1日2リットル以上なんて恐ろしい。アスリートならいざ知らず、日常生活でそこまで飲んだら腎臓に負担がかかります。1リットルで十分”と。

両極に振れる情報と、流行が作り上げる枝葉の美しさに目移りしまくっていた私は、段々と自分自身を棚上げにして情報に踊らされ過ぎていたと気づき始めます。

そして、病気になった知人の話がきっかけとなって、大いに食への姿勢を見つめ直すことになります。

その知人というのは、有機食材を使って料理教室を開いている方で、菜食時々魚を食べるとのことで、311直後は放射線による身体へのダメージを最小限に食い止めるため、魚はストップ(海洋汚染があるから)、また体が酸性に傾くことのないようにと、秋月辰一郎先生の話を参考に、玄米と梅干し、味噌汁だけで過ごしていたそうなのですが、

肌の色が黄色くなり、どんどんアグレッシブになって、イライラが止まらなくなって、と。そのうち肝臓だっただろうか、うる覚えですが、内臓を壊してしまい、放射能が怖くて健康でいようと思い過ぎて逆に体を壊してしまったと。

その言葉があまりにも衝撃で、よくぞ話してくださったとありがたく思うと同時に、自分を省みる必要がある、と実感した大きな体験でした。そしてその体験がきっかけで立ち止まり、あたりをゆっくり見渡すことができるようになっていきました。



ウェルネス、食の正義、自分の体の快、体と心の内観

これらの探求は、ほんと一筋縄ではいかないです。難しい。分かったと思うそばから元に戻ってしまう。でも最近、自分の中で少しだけわかってきたことがあって、

感情というか心というか、食に寄り添ういっとう最初の「私自身のありよう」そのものがいちばん大事、ということと、“常識という名の下に選び取った世界は脆い”という、この2つを分かっていればいいんだな、と、そう思うようになりました。


こうあるべき、は一切ない。良い悪いのジャッジはまず無いところから始める。

私の状態を観る。感じる。
ザッとでいいから私の全体をチェックする。心も体も。落ち込むことが多い日だった。空が綺麗で心が軽くなった、ひとりになってゆっくりしたい、理由はわからないけどソワソワする。よく動いた。1日中ゴロゴロしてた。崎山くんの音楽聴いて泣いた。香川照之さんの眼力強くて脳内でひたすら残像が明滅してる、など。

天候も感じる。
暑い、寒い。雨が降っている、降っていない。湿気で体が重い、何日も雨が降らず乾燥している、など。

そして、社会が求める常識は一旦外しておく。

3食きちんと食べる、は資本主義のプロパガンダなのかもしれない。お腹が空いた時にめいめいが食べる、それができる環境があるいはベストなのかもしれない。

家族が毎食揃って食べることが望ましい、わけでもないのかもしれない。一人で食べることがこの上なく幸せなこともある。

何も食べたくなければ食べなくていい。人が言うことよりも自分の体からの声を信頼する力を養うほうが大切。

そもそも食べることに興味がなくてもいい。

そしてなにより、自分が食べたいものを母親だからと後回しにしなくても良い。



最近本当に多くの足枷(そのほとんどは私の思い込みから作り上げた足枷)から解放されていっている気持ちです。

子育てを始めて16年目。◯◯君のママという、ほぼアノニマスな自分が社会と関わるという状況、自分の行いが自分ではなく小さな命に影響を与えるという状況が思いのほかプレッシャーで、子を介して次々に運ばれてくる、およそ自分の嗜好とは異なる世界のあれこれに押しつぶされそうになりながら、

それでも唸って悩んで怒って泣いて、昔よりもだいぶ柔らかい心を手に入れられたようです。

すごいね。無駄なことはなにひとつない。

今も昔も一本貫いている、変わりようのない、代わりようのない自分があって、それと同時に刻々とアップロードし続ける変幻自在の自分もある。


16年前の私に、伝えたい。

大丈夫。今きつくても、そのうち楽になっていくから。えらいね。一生懸命やってるんだね。分からないことだらけで唯一解もないし、泣きたくなるね。素直に甘えられる頼れる人がいなくて、言葉のわからない赤ちゃんといつも2人、好きなことを説明の必要なく共感し合える仲間がほしくて、だから余計に孤独を感じてしまうね。

大丈夫。最初からお母さんやれてる人なんていない。悩みのないお母さんなんていない。力の抜き方も徐々にわかるようになっていくから。今はできることを全力で、失敗や恥ずかしさも恐れずに、全力でやったらいい。仲間もできる。感度を高めてSNSを有効に利用して。発した信号はちゃんとキャッチしてもらえるから。

失敗は肥やしになりこそすれ、無駄なことでは全くないから。


16年前のただただ必死だった私に今の私が作ってあげたいもの。

それは苦めのキャラメルが嬉しい、固めのプリン。
ホカホカの白米をホワッと握った塩むすび。
ちくわぶとちぎったこんにゃくがマストなけんちん汁。

ほんわか満腹になって眠ってほしい。
赤ちゃんは私が見てるから、しばらく眠っておいでと言ってあげたい。

食事は愛。というより慈愛なんだな。

食を介した心の旅はまだまだ続いています。

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ラウラミーカ くどうみよう
LAURAMICAという小さなブランドの企画販売をしています。今年は不定期マガジン『Rose in Figue』を発刊する予定で、現在準備中です。noteって本当に素敵な場所。日本語が読めてよかった。皆さんの文章、日々心震わせて拝読しています。