モキュメンタリー 4

 診察も終わり。処方箋をもらった。今は昔とは違い認知症の薬もあるみたいだ。医師からは入院や福祉サービスの活用の話も出た。色々なことを根気強く説明してもらったが、とりあえず今日は家に帰らせてもらうことにした。これはさおりのためというより私のための判断だ。少し目を逸らしたかった。まるで他人のような関係性になっていた自分妻が認知症になったという現実から。
「博士!イカスミパスタの美味しい店どうやっていくんだっけ?」
とさおりが突然言った
「なんの話をしてるんだ?」
と私は言うとさおりはすぐに
「なんの話ってデートの最後はいつもそこでご飯を食べてるでしょ。」
と言った。
「それは付き合ってた時の話だろ。」
と私は言うと
「まだ付き合ってるじゃない?私プロポーズなんてされたことないけど。あれだけたまごくらぶの雑誌を家に置いてあるのに。」
とさおりは少し怒って答えた。
「普通ゼクシィだろ。なんで1個とばしたんだ・・・今博士って言ったか?」
とは私が言うと
「だって博士じゃない。いつもそう呼んでるでしょ。」
とさおりは答えた。
「そうだったな、ごめんな。」
と私は言い、さおりを車の助手席に乗せた。目を逸らす余裕なんて無いぞと言われているようだった。
 博士という名は、付き合っていた時にさおりが私を呼ぶ時に使っていたあだ名だった。初めてのデートはバラ園に行った。その時、さおりを喜ばせようと精一杯色々なバラの知識を事前に調べて頭に入れていた。それを片っ端から披露していたら
「まるでバラ博士だね」
とさおりが言い、そこからバラが消え、あだ名に定着したのだ。結婚して娘が生まれたあたりから、子供が真似するからとその呼び方は辞めていた。それを何故今になって。
(記憶障害)
私は頭の中でつぶやいた。さっき医師が説明してた認知症の中核症状についての話に出てきた。まさかさおりは結婚してから今までのことを忘れたのか?娘のことまで?こんないきなり?
「さおり今日の夕食俺たちで作っていいか?」
私はそうさおりに言った。これはさおりに負担をかけないようにと思い、娘と事前に決めていた。だが今はそれとは違う目的があってさおりに伝えた。娘のことを覚えてるかどうかを確認するために。
「どうしたのいきなり?別にいいけどあの子の邪魔しないでよ。今や私より上手なんだから。足引っ張って変なの作らないでよ。」
とさおりは答えた。
「イカスミパスタは今度にしよう」
と私は言うと
「ずいぶん懐かしい話を出してきたね。そういえばしばらく行ってないね。あれチェーン店なんだってね」
とさおりは返した。
「そうだったね。そう言えばさおりはあの時、私星の王子様になったみたいとか言ってたね。理解するのに3日かかったよ。」
と私は言った。
「なんで理解できたか覚えてる?」
とさおりは返した。
「覚えてないな」
と私は言うと
「私が星の王子様みたいと言った後、すぐにその理由を答えたからよ。3日ではなくね。」
とさおりは答えた。
「よく覚えてるな」
と私は言うと
「記憶力には自信があったのよ。」
とさおりは言った。私は何も答えられなかった。