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遠国鏡地獄

長い長い峠を下る星城遠国とクローという2人の人物が、鏡を身につける男と出会った。
男は、服に30センチ四方くらいの大きさの鏡を、何枚も何枚も貼り付けていた。
遠国はクローよりも先にその人物の存在に気がついたが、太陽の光が反射して眩しく光る鏡に目をとられ、最初それが男の身につける飾りのものだと気がつかなかった。

「クロー、あそこにキラキラと輝くものがあるよ」
「なんでお前の言う言葉はいつもそう抽象的なんだ」
「だって、そうとしか言えないんだもの。近づいてみよう」
クローは、この時まだ、遠国が何を指してそんなことを言っているのか、よく分からなかった。何となく、光ってるものがあるような気がしたが、水たまりか何かが反射してるんだろうと思っていた。(それくらい、それは遠いところにあったのだ)

「どうやら人みたいだ」
「なんかあの……あれか?あれはただのカカシだろう」
「鏡をいっぱいつけている」
「あれは人間じゃねーよ」
「もっと近寄ってみよう」
クローはこの時点で、なんとなく周囲の景色を反射させている異質なものがあるように思えたが、誰かが獣除けに置いたそんなようなものだと認識していた。

「こんにちは」
「やあ、こんな辺鄙な峠道で人と会うなんて、珍しいなあ」
「あなたはそこで何をしているんですか」
「君たちと同じさ。この峠を越えようとしているんだ」
「この先の道が、どこにつながっているのか、あなたは知ってますか」
「分からないなあ。きっと、大きな街につながっている筈さ」
「この峠に来て、どれくらいになりますか」
「もう分からなくなってしまった。何日も、何年も、この下り坂をずっと歩いてるんだ」
「僕たちもそうです」
「はは、そうかい。しかしここは良いところだ。食べ物には困らないし、水も空気も美味しい」
「何を食べているんですか」
「木の実や、野草や、この鏡の光に誘われてやってきた鳥を捕まえて食べるんだ。ここで菜園などをやれば、定住することもできるだろう。しかし私はこの峠を越えなければならない。少し残念なようにも思うよ」
「僕たちと一緒だ。時々、この環境が、人間の住むには最も適した環境なのではないかと思うこともあります」
「おい、さっきから誰と話してるんだ」

クローには、遠国が何をしているのか、よく分からなかった。
クローの目からは、遠国が、鏡に映った自分自身と話しているようにしか見えなかったのだった。

「遊びは終わりだ。そんな鏡の置物なんかに気を取られてるんじゃないよ」
「クローにはこの人が見えないのかい?」
「それは鏡に映ったお前自身だろう。お前、自分の顔も忘れたのか」
「そういえば、僕はこんな髪型だったな。……僕は、何をしてたんだっけ……」
「この峠を越えるんだよ。お前の自問自答に付き合ってる暇はない」
「そうだ、もう行かなくちゃ。お話を聞かせていただき、ありがとうございました」
「だから誰に話しかけてるんだよ」

遠国とクローは鏡を身につけた男のもとから立ち去ったが、遠国がふと振り返ると、男はまだずっとそこに立ち止まっていた。
遠国は彼を、なんとなく、「男」だと思って見ていたが、彼の顔のことはよく覚えてない。
遠国の目からは、その時、鏡に映っている自分自身の姿だけがそこに映っていたのだった。
いや、でも、男だったような気がする。

-完-

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