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18歳の男子生徒の涙


10年前に生徒から貰った鉛筆と、私が数日前にあげたボールペン

先週から、ミュンヘンは試験のシーズンに突入。
卒業試験、資格試験、入学試験など、数々の大きな試験が続きます。

私の生徒も、高校卒業(=大学入学資格)のアビトゥアーという試験プラスその後の入試、大学卒業試験など、今年は複数名が大きな試験に挑んでいます。

その中の一人に、私が12年間教えた18歳の男の子がいるのですが、彼は驚くほど美しい音色をピアノから紡ぎ出し、繊細なハーモニーの変化でショパンを弾きこなすことの出来る、これからが楽しみなピアニストの卵になりました。

彼はお父さんがミュンヘン音大のピアノ科卒業という経歴の持ち主。
12年前の5月のある日のこと。
突然、お父さんが電話もアポもなく私の前に現れ「6歳になります。楽典の基礎は教えてあります。譜面も問題なく読めます。あなたに教えてもらいたいので、連れて来ました。」と、父親の後ろに隠れたそうな小さな金髪の男の子を紹介したのでした。

あの日から、もう12年が経ったなんて、、。
あの小さな金髪の男の子は、背丈が190cmもある青年に成長しました。
可愛らしい子供の声は、静かで低い青年の声に変わり、、。
愛くるしい大きな蒼い目には、落ち着いた温かみのあるトーンが加えられ、、。

ピアノの椅子の高さも1番高い位置からだんだん下がり、数年前から1番低い位置になりました。

が、、、。

せっかく素晴らしい演奏を実技試験で披露出来ても、彼は筆記試験のたびに緊張してしまうのです、、。
何か助けられないものかしら、、、。
いろいろ考えた末、お守りとして日本のボールペンをあげることにしました。

レッスンの後で「君を12年間教えられて、本当に楽しかったよ。12年間私の生徒でいてくれてどうもありがとう。コレ、良かったらお守りに持っていって。」と言ってボールペンを渡そうとすると、彼の蒼い大きな目から急に大粒の涙が溢れ出しました。

「先生、僕に有難うなんて言わないでください!お礼を言っても言い切れないのは、僕の方です。先生、本当に本当に育ててくれてありがとうございました!」と途切れ途切れに、泣きながら言う身長190cmの男の子。
頬を流れ、溢れ落ち続ける涙を拭おうともせずに、、。

「私が気づかなかっただけで、この子は人間としても驚くほど成長していたんだなぁ、、。【男の子】なんかじゃなくて、もう【大人】なんだ、、、。」と、私はただ無言でその様子を見守っていました。

そして、私がある日「『ありがとう』なんて、もう言わなくていいから。」と自分の親に言った日のことを、はっきりと思い出しました。

それは、自分の親が自分にしてくれたこと、その時の親の表情や声などの一つ一つが思い出された日のことでした。
もうこれからは、親からお礼なんて言わせてはいけない、、、と思いました。

その時、私はようやく親の偉大さ、際限なく与え続けてくれた愛を理解できたのだと思いました。

人間として未熟者だった私は、目の前で泣き続ける私の生徒のように18歳で理解なんて、、、もちろん出来ていませんでした。

彼はきっと、年若いうちからとても温かく、聴く人の心の真ん中にまっすぐ届くような表現の出来るピアニストになることでしょう。

私には、親に限らず、感謝をしても仕切れない人たち、ご恩返しを一生続けても返せない人たちが大勢います。
全然ご恩返しが出来ないうちに、天に帰られてしまった方々もいます。

18歳の生徒の言葉と涙は、私が大切なことを忘れないように、よりはっきりと、より深く、記憶に刻み込まれていきました。


生徒が8歳だった時、家族旅行で訪れたショパンミュージアムで買って私にくれた鉛筆。一緒に貰ったマグカップはもう割れてしまったけれど、鉛筆はまだまだ健在。

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