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茶と角 3

※連載初回の「はじめに」を読んでいただけたら幸いです。ちょっとお断りをしておきます。


 美香は、このまま茶道を続けていいのか迷いましたが、お月謝をおかみさんにお渡ししたことを思い出して、もう少しお稽古に通ってみることにしました。
 次のお稽古の時、おかみさんは、茶杓の拝見を教えると、
「茶杓の銘柄を自分で考えなさい。季節のものがいいわね」と言いました。
 春分を過ぎて日暮れ前だったので、美香は「『暮れかぬ』でございます」と言いました。
 おかみさんは、少し驚いた様子を見せましたが、お正客になりきって、「ありがとうございます」と頭を下げました。

 それから数日後、おかみさんから美香に電話がありました。
「私の先生が庭園のお茶屋のお席を持つんだけど、私の代わりにお手伝いに行って欲しいの」
「えっ、私にはまだ早くありませんか?」と美香は言いました。
「立礼席でお運びをして、お茶碗を洗ったりするだけよ。これもお稽古のひとつよ。それに、せっかく着物をもらったんだから、着ないともったいないでしょう? あんたなんか着て行くところなんてないじゃない」
 美香は耳を疑うほどびっくりしました。弟子には何を言ってもいいと思っているのでしょうか? あんみつを食べに行くためだけに着物を着ても不思議じゃありません。美香がいつ着物を着ても、美香の着物なのでかまわないし、それに美香がいつ着物を着ているか、普段の様子をおかみさんが知る由はありません。
 美香は心を落ち着かせて、おかみさんに聞きました。
「お茶屋でのお手伝いの時は、お昼はどうされるんですか?」
「その時によって違うから、お金を持っていけば大丈夫よ」とおかみさんは言いました。
 その庭園は一度行ってみたいと思っていたところだったので、美香はお手伝いを引き受けることにしました。

 電話を切ったあと、『なぜ私のことをこんなにも見下げてるんだろう?』と美香は思いました。『弟子は見下げるものだと思ってるのかな? よくわからないけど、そういう人なんだと思って、気にするのはやめよう』と思いました。すると、奥様が言っていたあることを思い出しました。
「あの人(おかみさんのこと)の方から(奥様に)近づいて来たのよ。うち(奥様と御家族)があの方々と懇意にしているのを、どこかのお茶会で知ったらしくて。あの人、そういうところがあるから、気を付けなさい」
 あの方々というのは、旧宮家の末裔の方々のことです。奥様が美香にそう言ったのは、美香の叔父が神職に就いていて、美香の先祖がある神社を代々受け継いで来た家柄の者だったからでした。奥様が初めて美香に会いに来た時、「あんたの叔父さんのことは、叔父さんが若い時から良く知ってるのよ」と言っていたことを思い出しました。奥様が大事な孫娘の学友に美香を選んだのは、同い年の女の子というだけではなかったのです。素性がはっきりとしていたからなのでした。しかし、おかみさんは、美香を奥様の女中だと思っているのかもしれません。美香は、奥様のお茶会のお手伝いをさせていただいてはいますが、お給料はもらっていないし、況して奥様に借金などないのですが、もしかしたらおかみさんはそうした誤解をしているのかもしれません。しかし、だからといって、そしてかなり年下だからといって、見下げた物言いをしていいということはありません。茶道の『道を学ぶ精神』はどうしてしまったんだろう? と美香は思いました。
 美香は、おかみさんからの電話の内容を母に聞かれたので、素直に話しました。すると、母は、「嫉妬じゃない?」と言いました。
「どうして? そんな必要ないでしょ?」美香が言いました。
「先生(おかみさんのこと)は若い娘じゃないでしょう? 奥様から着物をただでもらったことにも、焼きもちをやいてるんじゃない?」
「先生にだって、若い娘の時があって、私にはそれが今っていうだけのことでしょう? 人間は誰でも、一年に一つ、年を取るんだから。それに先生は私と違ってお金持ちなんだから。私がお金持ちだったら、奥様、私に着物を誂えてくださったかな?」
「それにしても悪い先生にあたったね。お稽古、もうやめたら?」母はそう言いました。

(つづく)


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