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Withコロナで、創造性が刺激される?

withコロナは、もしかしたらクリエイティビティの宝庫なのかもしれない。

 おそらく私たちは、これまで「生産性」というものを物凄く重視してきた。
同じ時間単位で、どれだけ質の高いアウトプットを出せるか。
その時間の使い方はどれだけ有意義か。
ビジネスの現場では「生産性」という言葉がよく使われるし、日本全体としても生産性の低さは槍玉として挙げられる。

ただ、生産性を追い求めることで創造性が追いやられてしまうこともある。

「生産的な1日」と聞いたら、あなたはどんな1日を思い描くだろう。早起きをして、「やることリスト」の項目を次々とこなし、バターコーヒー(コーヒーにバターとココナツミルクを加えたパワードリンク)を3倍がぶ飲みして大きな仕事に取りかかる、といった具合だろうか。

では、「クリエイティブな1日」はどうだろう。じっくり考え事をしたり、遠い目をしながら、ペンのノックをカチリカチリと鳴らしながら何かを思い描く――。

 いくらかバリエーションはあるかもしれないが、「生産的な1日」と「クリエイティブな1日」を、まったく同じように思い描く人は、あまりいないだろう。そして残念ながら、私たちは2つのどちらかを選ばなくてはならない状況をつくり上げてきた。

この文章を読んで、確かにわたしの脳内では「生産性」と「創造性」が二律背反していたかもしれないと思った。

生産性も創造性も、どちらも大切なはずなのに、どちらかを追い求めるとどちらかが失われていく。そして現代においては「生産性」を追い求める傾向の方がより顕著に出ている、と。

この記事では、「脳のデフォルト・モード」こそが創造性(クリエイティビティ)を生み出すと記している。
集中していないときの精神状態こそが、脳が活性化されるときなのだ。
確かに、ふと歩いているときや全く関係のないことをしている時に仕事上のアイデアがどこからともなく浮かんでくる瞬間がわたしにもある。

翻って現代の状況を考えると、やりたいことも制限されていることが多く、リモートワークでは人との対面での会話が制限され一人の時間が増え、格好の「デフォルト・モード」に入っているのではないかと思うのだ。

この「余白」を生かすも殺すもその人次第なのだと思うのだが、こんな時代だからこそ今まで思ってもみなかったような発想やアイデアがどんどん出てくるのではないかと思うし、また自分もそのように余白の時間を最大限に活用してクリエイティビティを高めていきたいと思うのでありました。


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