「いつもの」と注文してみたお話

この素晴らしいノートを読んだ。僕にも何かそんなエピソードが無いかと考えてみたところ、思い出したことがあった。

皆さんは映画、小説、アニメ、或いはリアルで、何でもいいが、人間が常連なのであろう店に入り「いつもの」「いつものやつ」と注文する場面を見たことがないだろうか? 僕は、ある。

イメージ的には、ポール・ニューマンやロバート・モンゴメリー(の演じるキャラクタ)が煙草を咥えつつバーのカウンターに座って、恐ろしくダンディかつスマートに言う、あの感じだ。真逆に、渥美清が「おばちゃん!いつものやつ!」と言うのでも良いのだけど。

憧れだった。

その場面には
・常連となっている店がある
・その店のスタッフとの信頼関係がある
・「いつもの」なんて言っても受け入れてくれる
そんな要素が詰まっているからだ。

いつかやってみたかった。常連の店を作って「いつもの」と注文することを。

その機会は大学時代に発生することとなる。

大学(うどん県です)当時、特に研究室所属となって実験が始まって以降、原則として毎日大学に9時-17時(てゆーか夜はだいたい19時)までいた僕には、週に最低で4~5回、食べに行くうどん屋さんがあった。通い始めた当初は色々なメニューを試してみたけど、通うにつれて、むしろ注文内容は固定化される。そうしようと思っていたわけではないのに、僕はすっかり
・だいたいいつも同じ時間に来店する
・いつも同じ注文をする
・おっちゃんとおばちゃん(店主ご夫婦)に顔を覚えられている
・むしろ会話もできる
状態になっていた。

ある日、気づいた。

これはひょっとして、「いつもの」でも通じるのではないか、と。

ならば、あとは僕の勇気だ。「いつもの」と言う勇気があれば、憧れを一つ現実にできる。しかし勇気が無謀であってはならない。失敗は許されない。

考えて、「いつもの」は真昼時にやってはならないと結論した。混雑した状態でそんなことを言ってもおばちゃんが困るだろうし、「いつもの」で通じようが通じまいが、多数の目撃者が発生してしまう。もし通じなかった場合には切腹するしかない羞恥だ。よって、店に行く時間は開店から真昼時の間、空いているはずの11時前後が望ましいだろう。

毎日はその時間帯に行けない。行ける日に11時ごろに行き、機会を伺っていたところ、その日が訪れた。

店に入った瞬間にわかった。客は僕しかいない。店側も、おばちゃんしかいない。やるしかない。僕は「いつものやつ」童貞を卒業するのだ。


「いらっしゃい、今日もよぉ来たねぇ」

「こんにちはー」

「今日は何にするん?」


言うしかない。


「………いつもの、ちょうだい」


おばちゃんは、ちょっとだけ驚いたようで、でも満面の笑みで『いつものやつ』を出してくれた。『いつもの』うどんは『いつも通り』に美味しかった。


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