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ずっとずっと大好きだよ

第1話  別れ
細かく砕かれた氷のかけらが、一粒また一粒と私の口の中に入ってくる。冷たくてきもちいい。いくつかの氷がのど元を通り過ぎた時、大きく息をスーと吐いた。それが、この世で最後の呼吸となった。

氷を口に入れていたママは突然、呼吸が止まったので、声も出ないようだった。私をじっと見つめる目から、涙がこぼれて私の鼻や口元に止まることなく何粒も落ちてきた。
うっすらと開いたままの私の目を見て、
「苦しかったんやね」
とつぶやいていた。

目が開いたままだったのは、「ずっとママを見ていたかったからだよ」そういっても、ママには聞こえない。手が私の目をずっと撫で続けていた。どれぐらい撫でてくれたのだろうか、私はやっと目を閉じた。

その時、私の魂は肉体を離れ元気な姿になっていた。

だんだんと冷たくなって行く私の体を、蒸しタオルで丁寧にきれいに拭いてくれている。
黒ラブの私の体は大きく、全身をきれいにするのにかなりの時間がかかった。
爪を切って、肉球にクリームを塗ってくれた。鼻がカサカサにならないように鼻にもクリームを付けてくれた。綺麗になった私の体を抱きしめ、肉球を握りしめて、何も言わずに私を見つめている。

私の弟はジャックラッセルテリアだ。弟の凪が私の横でいつもの様に寝ていた。いくらたっても起きてこない私の体を前足でトントンしていた。ママはその姿を見て凪をそっと抱き上げた。

それから二日間、凪とママはずっと私のそばから離れなかった。ママは一日に何度も
「さくらちゃん」と名前を呼んでいた。呼ばれるたびに側に行きしっぽを振ってペロペロしてあげたのに、気づかない。

家にいる間に可愛がってくれた人たちが、次々にお別れに来てくれた。たくさんのお花も届けてくれた。私の周りはお花でいっぱいになり、お花の世話をするママは少しだけ気持が安らいでいるように思えた。

2日後の夕方、私の体は天に帰ることになった。お寺の一室で、ママや凪や、可愛がってくれた人たちと最後のお別れをした。いよいよ火葬が始まるという時、今まで声も出さず泣いていたママか、私にしがみついて声を出して泣いていた。あんなに哀しそうな声はこれまでに聞いたことが無かった。

私の肉体が無くなることが受け入れられなかったのだろう。
2時間後、私の体は骨だけになった。
ママは、長いはしで「立派な歯やね」と呟きながら一つ一つ骨を骨壺へ入れていく。すべての骨を入れ終わり小さくなった私を抱きしめていた。
ずっと育った家に帰って来た。

私の姿は見えないけれど、私はいつもママや凪のそばにいるよ。だから、「哀しい顔しないで、泣かないで」と声をかけるのだけれど、気づかない。

16年間育ててくれてありがとう。とっても幸せで楽しい16年間だったよ。私の体は無くなってしまったけれど、一緒に過ごしたたくさんの思い出や楽しかったことがあるでしょう。今は、喪失感でいっぱいだと思うけど、きっと、ママなら私と過ごした大切な時間を思い出して元気になってくれると思う。そばに居て応援しているよ。私が人の言葉を話せるのならそう伝えたい。
私が居なくなってからのママは、毎日毎日お風呂で泣いていた。
私が生きていた頃ママはよく話していた。
「さくらちゃんが来てくれたから、さくらちゃんのために色んなことを勉強したよ。アロマの資格を取ったのは、さくらちゃんに快適な生活をしてもらいたいからだよ。パン作りを始めたり手作り食の勉強をしたりしたのも、さくらちゃんの口に入るものは、出来るだけ添加物の入っていないものをたべてほしいからだよ。」
私が居なくなって、泣いてばかりのママを見るのは辛いな。
もう、私が居なくなって5か月が過ぎようとしていた。泣いてばかりのママも少しずつ、悲しみや喪失感と折り合いを付けていけるようになったようだ。
ある日突然ママは「ペットシッターになる。」と宣言した。何か目標を見つけたらしい。
それからは勉強に打ち込んでいた。あっという間に資格を取得しペットシッター登録も済ませていた。その後はシニア犬介護の勉強もしていた。
ママの頭の中には、「さくらちゃんにしてあげたように、老犬介護のお手伝いがしたい。」という思いがあるのだろう。ママらしいと思う。
私の足が痛い時、アロマオイルを使って優しくマッサージしてくれたね。私が手術で不安な気持ちにならないようにラベンダーの香りを匂わせてくれたね。肉球がカサカサにならないようにクリームも作ってくれたね。おかげで16年も裸足で歩いてきたけど、私の肉球はずっと軟らかくしっとりしていたよ。
毎日、散歩から帰って来ると、全身を温かいタオルできれいに拭いて、ブラッシングして、足にはクリームを塗ってくれた。
ご飯だって、毎日手作りしてくれた。手作り食についても勉強していた。私の食欲が無くなった時は、ハンバーグや野菜ジュースやヨーグルトも作ってくれた。
私にしてくれた色々な事を、他の仔たちにもしてあげてね。
少しずつ、新たな目標に向かっていくママの姿を見ている方がいい。
もうすぐ、私の1周忌だ。

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