見出し画像

寝食だけをやっている

 窓を開けたら、日の入り前の涼やかな風が流れ込んできて、もうおしまいだ、とおもった。部屋は散らかったままだし、シンクに洗っていない食器がたまっているし、資源ゴミは出しそびれたし、部屋のバラもダリアもしわくちゃに萎れて、まいにちまいにち、陰気くさいものどもに囲まれながら、やりたくないこと以外をやって、やらなければならないことだけ見ないふりをして、ズルズル時間がすぎて、なんにもしてないなあとおもいながら、でもおなかが空いたらすきなだけ食べるし、ねむたくなったらすきなだけ寝ている。まずいとおもう。なによりもまずいのが、この現状に焦燥も罪悪もかんじずに、一生これでもいい、とおもっていることで、なんかもう、そんなのほんとうにおしまいだ、とおもう。それはぜんぜん、絶望とかではなくて、ただ、ああ、おしまいだな〜と、対岸に自分の家が燃え盛るのを見つめるかんじ。なにをやっているのか。消火しろよ。

 すきなだけ寝食をするとき、それ以外になにもしたくないとおもうし、同時に、わたしは動物です、といいわけがましくおもったりする。その動物が今後、人間社会にでて、社会的組織のひとりとして、親孝行とか、上下関係とか、気づかいとか、心くばりとか、規則を守るとか、そういうのしかかる倫理道徳に、グニャグニャと応変して、一個の、まともで、ちゃんとした、ふつうの、「にんげん」になりきらなければいけないということが、ぜんぜん信じられないし、ぜったいにできないとおもっているし、マジでマジで心の底から、やりたくない。わたしという動物は人間社会でただの畜生だ。というか、求められる役割をきちんと果たす家畜やペットのほうが、ずっとずっと、すごいしえらいし、そもそも、野生動物だって、種によっては集団で生き抜いているものもいるわけで、優れた知能や社会性をもっていて、つまりわたしは動物としても人間としても劣等というわけだ。 ア゛。 もうおしまいだなあ、淘汰まったなしです。

 とはいえ、人間と動物を対概念として扱うの、ちょっとどうなの、と個人的にはおもっていて、地球に生息するいきものという点で、ふたつは同等のもので、どちらに優劣もないのだ、とか、またなにかぶつくさ考えたりする。わたしは動物です、とか言っておきながら、調子のよろしいこと。でもわたしのなかでこの考え方にあんまり矛盾はない。うまく説明できないので、どこかで破綻しているとはおもう。ところで、人間と動物、といえば、この二項対立はいま、人間と機械、に変化してきている、みたいな話をどこかで見かけたきがする。おそらく見かけたのは数年前だったので、もう新しい話題ではないかもしれない。それは「人間的」という言葉の意味の変容、というような話で、過去、本能に素直なことを動物的といい、それを理知で覆うことを人間的といっていた、が、しかしいまでは、理性でがちがちになったものを機械的といい、感情とかにゆらぐものを人間的というようになった……みたいな話。どこで見かけたんだったかなあ。出典はなんだろう、なにかの評論に書かれてあったのか、どうだったかなあ。なんにせよここで興味深いのは、どちらの対立においても、「人間的」であることのほうが優れているようにとらえられることで、やっぱり、人間サマは人間至上主義なんですよね〜、みたいな感想をいだいたのをおぼえている。人間を指して動物だ機械だというのは比喩にすぎないし、人間を指して人間というのは、すごくバカみたいだなあと、個人的におもう。文理の対立だ。宗教は科学を拒み、倫理は技術を阻むのだ、みたいなことをおもった。たぶんこれはそういう話ではないけど。

 待ってください、部屋が暗い。くだらんことばかり考えていたら今日ももうおわりじゃないか。結局のところ、わたし以外の生きものをスゴイエライとそやしたところで、あるいはバカみたいだとあなどったところで、わたしがすべきことは変わらないのだ、困ったことに。部屋を片付けろ、食器を洗え、枯れた花を捨てろ。それから厚手のコートもニットも毛布もそろそろしまえ、風呂場の排水口もきれいにしろ、薬局でポリ手袋とシャンプーの詰め替え買ってこい。

 うっ。ほんとうにそういうあれこれがぜんぜんできない、列挙したらうんざりしてきた。喉奥でうめきごえがつかえて苦しくなる。むりだ。できない。ぜんぜんやりたくない。そんなことよりオレンジジュース飲みたいしもう寝たい。みんなどうやってくらしているんだろう、わたしはぜんぜん、なんにもできていません。ただ寝食だけをやっています。朝日も夜風もあびて、ただすこやかにやっています。ほんとうにそれだけなのだ。もうおしまいですね。あ〜あ。

 おわり。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
やった〜✌️
2
無力
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。