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初夏のかいぶつ

 目が覚めた。スマホを探した。液晶の時刻を確認した。朝の5時半だった。寝ているあいだに蹴飛ばしたらしい、布団がとおくにあった。しのびよるうすっぺらな熱気にうめいた。ムーミンのぬいぐるみに抱きついた。ムーミンはちょっと汗のにおいがした。わたしのにおいだ。すこし冷えた肩のあたりをさすった。寝返りをうった。へんな夢をみていたとおもう。知らない男に強姦されて、妊娠して、公衆トイレのようなところで陣痛がきて、その場で産む決意をしたら、そこに見知らぬジジイが現れ、下卑た声音で手伝ってあげるよと言って近づいてきて、個室に入りこもうとしてくる、という夢だった。へんな夢、というか、最悪な夢だ。夢の中のわたしは、なにもかもを諦めて、すべてをハイハイと受け流していて、うなされるほどの悪夢ではなかったのだけれど、覚醒するとなんてむなくそわるいんだ、クソみたいな男どもだ、サイテー! 架空の人物への怒りで朝から疲労がのこった。

 寝ころんだまま目をやると、外はすでに日がのぼったあとで、部屋はまっしろに明るく、カーテンはやけにぴかぴかしていた。初夏、とおもった。うめきながらのろのろ身体を起こして、ロフトから降り、部屋の東の窓と南の窓を開けた。カーテンがゆれた。すずしかった。しばらくぼんやりしたあと、東の窓辺の、スプレーマムを飾った酒瓶を2つ、南の窓辺に置いたマーガレットの一輪挿し、それから机上のダリアとニゲラをさした花瓶、バラとスターチスとカスミソウの容器を回収した。風呂場にならべて、順に水を換えた。気になったので、萎れはじめたダリアの茎の先を、すこし切った。スプレーマムの傷んだ葉も、数枚落とした。広げた新聞紙に水滴がにじんで、植物のかけらがころがった。くるんで捨てて、いろとりどりの、たくさんの花々を、それぞれもとの位置にまた飾った。あーあ、とおもった。正直、わたしは、この大量の花々に、あーあ、とおもっている。

 大量の花々がこの部屋にやってきたのは5月の朔日だった。花々は最初、お部屋用おまかせブーケ(3000円くらい)というひとつの花束だった。気になっていた花屋のネットショップで注文したのだ。注文するとき、わたしは備考欄に「30センチの高さの花瓶に飾る予定です。白いお花がメインだとうれしいです。」と記載した。わたしは白い花がすきだ。なぜならわたしのすきな友だちが、あなたは白い花が似合うよと言ってくれたから。めんどくせえやつという自覚はある、でもとにかく、わたしは部屋に白い花を飾りたかった。うけたまわりました、というような返信があって、しばらくして、ようやく配送されて、無事に届いて、胸踊らせながら箱を開けて、一時停止、目をしばたいた。端的にいうと、花々の姿は、わたしがオーダーしたはずのものと、てんで異なっていた。

 大きなダリアのやわらかな紅色、無数のスターチスのかすかな藤色、りっぱなマーガレットのあわい黄はだ色、いくつものニゲラのちからづよい青、そして、松のふかいふかい緑。

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 えっ、なにこれ。

 いろとりどりの花々の姿に、えっ、とおもった。ひとりの部屋で、沈黙して、無言のまま混乱していた。いや、白いバラもカスミソウも、そのブーケに束ねられてはいた。でも、どう見ても、ブーケの主役は大輪のダリアのピンクだった。もしくは、量的に見れば松の深緑だった。わたしのオーダー、どんなでしたっけ。白いお花がメインのブーケをと、注文したはずだ。そうだな? そうだ、確認した、そう注文していた。

 なぜ……。天井を仰ぎながらかんがえて、もしかして語弊があったのかもしれない、と思い至る。たしかに、ブーケの色味は白に近いパステル調といえなくもなかった。けれど、わたしはけして、「白っぽい花束」を望んだわけではないのだ。「白いお花がメインの花束」がよかったのだ。花屋ならわかってくれよ、このニュアンスのちがいを……。いや、伝えることを怠ったわたしの責任なのか。幼いころの記憶がよみがえる。保育園で見たディズニーのシンデレラのビデオを家でも見たくて、サンタさんに「シンデレラのビデオがほしいです」とお願いしたら、クリスマスの朝、枕元には『シンデレラ2』が置かれていて、「これじゃない……」と言ってめそめそ泣いた記憶だ。5歳くらいだったとおもう。あれから20年ちかく経とうというのに、なんにも変わっていない、わたしは今も「これじゃない……」と言って、めそめそしている。

 めそめそしながらも、花瓶に水をためて、そのブーケを箱から取り出し、飾ろうとした。切り花だって生物なのだ、たとえ色が望んだものでなくても、もっといえば、なんかこのブーケださくね、とおもっても、まとまりなくない? 品がないかんじする、とおもっても、みすみす萎れさせるわけにはいかなかった。めそめそしながら箱から取り出して、もちあげたとき、おや、とおもった。ブーケの長さ、全体の高さに、すこしいやな予感がした。低い、とおもった。低いのだ。茎が、なんだか短い気がしたのだ。かなしみは連鎖する、はたして予感は的中した、ブーケはいちばん高さのあるところでも30センチとすこし、というくらいで、つまり30センチの高さの花瓶に飾ろうとすると、埋まる。沈む。もげる。ひしゃげる。なんで? とおもった。なんで? とおもいながら、静かに混乱して、とにかく届いたことには届いたからと、あまり目の前のブーケを見ないようにしながら、指をふるわせスマホをいじり、先ほど届きました、かわいらしい花束をありがとうございます、とメールで連絡を入れた。すぐに返信があって、無事届いてよかったです、ブーケをお水につける際2センチほどカットしてみてください、とアドバイスされた。それを読んだ瞬間、クソクソデカボイスで「なんで!!?!?」と言った。わたし最初っから30センチの花瓶に飾るって言ってるじゃん!!!!! 2センチ切ったら完全に埋まるが!?!?? これそういう花束なんか!?!!? 花瓶に埋めるタイプの花束なんか!!?!? なあ!!!!!!

 つらい。泣きそうになった。こまかい話だけれど、わたしは背の低い切り花が苦手だ。人の手でばつんと足を切られて短くなった花々を、あわれにおもってしまうからだ。そして、あわれだとおもう自分がなんと傲慢かと、疎ましくなってしまうからだ。すらりと長く、天までのびて、日の光をたくさん浴びる姿が見たい、のに、こんな、こんな、丈の届かない花々を、さらに短くして、わたしは、わたしは……。押し黙ったまま新聞紙を広げ、けっきょくわたしは一輪ずつ、はさみを入れたのだ。

 おまけに、おまけにというか、おそらくむこうのサービスなのだろう、ブーケの量感が異常なまでに大きくて、花瓶におさまりきらなかった。というか、30センチの高さの花瓶ではブーケが沈むので、実質、使える花瓶は一輪挿しひとつだった。こんなボリューミーな花束に一輪挿しひとつって、バカがやる計算みたいだ。メルカリで花瓶をひとつ買った。高さが20センチのものにした。花瓶が届くまで、2リットルのペットボトルを切って、下半分を容器に使うことにした。いらだちに任せてカッターでまっぷたつにした容器は、切り口が割れた爪のように醜くて、見るからにゴミ然としていた。ますますかなしかった。

 その花屋に言えばいいじゃない、というひともいるだろう。届いた時点で、箱を開けた時点で、注文とちがうんですけどって、色が白じゃないんですけどって、高さが足りないんですけどって。かわいらしいブーケをありがとう、だなんて、無理して白目むきながらウソついてないで、言えばいいじゃない。そのとおりだ、わたしもそうおもう、でも、言えなかったのだ。

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 数ヶ月前、出かけた先で見たその花屋はほんとうにうつくしくて、また来たときに寄ってみたいなとおもっていて、そのうち外出も気軽にできなくなって、ずっと気になっていた。だから、感染拡大防止のために休業に入ったことを知ったとき、ちょっと応援したいきもちになって、ネットショップを探して、がんばってくださいという旨のことばを添えて注文したら、「オープンしたての小さな花屋で、まだまだこれからというときの休業に、忘れられてしまうのではないかと不安もありましたが、お客さまの記憶にのこっていることに希望をもてました」という内容の返事があって、もう、なんていうか、そんなことを言われてしまったら、なんにも、そのあとに起きたなにもかもを、ぜんぜん、指摘できないのだ。希望のお客さまが、色ちがうんですけど、とか、高さ足りないんですけど、とか、うるさく言うのは、無粋、というか、野暮、みたいなふうに見えて、いやでも希望のお客さまの希望はフルシカトなんですね、みたいな、注文もまともにきけない花屋なんて今じゃなくてもいずれ忘れられるんじゃないの、なんて、ひどいことを言いそうになったりして、ごめんなさい、ものがたりはひとの数だけあるから……とわけのわからないことを考えたりしている。こういうわけのわからない愚痴を友だちの何人かにしゃべってしまったし、こうしてネットにも書きこんでいるしで、ほんとうに陰湿、根暗、わたしは性根が腐っている。グワァ! このままではかいぶつになってしまうかもしれない。

 自分に嫌気がさして、無心でウーロン茶を3リットル煮出した。せまい台所で火を使うと汗をかくようになった。人生なんにもうまくいっていないが、季節だけが滞りなくめぐっていることを救いにおもったりもする。夏の暑さはすぐそこにせまっていて、春の花々はいずれちからつきてしまうんだろう。もういい、なんでもいい、こうなればうまいものをたくさん食うに限ると、晩ごはんにそうめんを2人前ゆがいて、つゆにしょうがをしぬほどいれて、ハムときゅうりとたまごもそえて、ひとりそうめんパーティーを開催した。メッチャうまかった、明日もそうめんにする。かいぶつはバカだからおいしい食べ物ひとつで頭がいっぱいになります。よかったね〜。

おわり。

 

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ビッグラブ❣️
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無力
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