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ためいきの手紙

 不意に、マーガレットが肩を落とすように花びらを落とした。花もためいきをつくのか、とおもった。ごっそりと抜け落ちた花弁は綿毛をもっていた。人さし指の腹でくすぐるようになでる。ふわふわしていた。すぐに片付ける気になれず、しばらくそのままにしておいた。じっと眺めて、眺めることに飽きたころ、捨てるのめんどくさいなあ、とおもった。すべきことがまたふえてしまった。郵便局に行く。印刷をする。区役所に行く。マツキヨの10%オフのレシートを探す。部屋を掃除する。冬服をしまう。ゴミをまとめる。そして、散った花びらを片付ける。なんてめんどくさいんだ。よせばいいのに、ためいきが出た。見えない呼気はまっすぐのびて、ふわふわの山に直撃した。透けるような綿毛がぶわっと舞い散った瞬間、わたしはうめいた。めんどくさいなあ!

 先日、母から電話があった。「部屋を片付けていたら、あなたからの手紙が出てきた」と。幼いころ、イタズラかなにかを叱られて、反省のこころを記したもののようで、『ままへ、ごめんなさい、あんまりおこらないでね』とあったそうだ。まったく記憶になくてわたしは笑ってしまったけれど、母はちがったらしい。今おもえば、と痛みをたえるような声で言う。「ああ、ママは、怒ってばっかりだったんだなって」。「あのときはいっぱいいっぱいだったから」と。「ごめんね」とも。のどがつまって苦しかった。

 家族ってなんなんだ、みたいなことになって、しばらく経つ。なにもかもの雲行きが怪しくなっている。最悪の瞬間はすでに過ぎたはずなのだけれど、それを超えるなにかがまだあるかもしれないと、特に母は心配をこえて怯えてすらいるようで、電話越しにきく彼女の声は、次の瞬間泣き出してしまうんじゃないかと不安になるくらい、かたくおもいつめている。母が謝ったとき、わたしはどうしていいかわからなかった。ただ、んーん、とだけ、否定と相槌のあいだの声を返した。

 母が謝ることなんかなんにもないのだ。当時の母の環境がいかに過酷なものだったかを、愚かにもわたしはさいきんになってようやく、察せるようになった。具体的なところは記述を控えるけれど、よくもまあ、だれひとり殺さずに耐えたなあとおもう。彼女が謝ることなんか、ひとつもないのだ。ただ、こうやって、今も昔も、無力でありつづける自分を、心底うとましいとおもう。あんまりにも愚かだ。あんまりにも愚かだから、「oroka」というバンドを組もうかな。ひとりで。ハア?

 ずっと足踏みばかりしているような現状で、不透明な未来よりも、むかしのことに想いをはせる時間が長くなった。幼いころの傷ついた記憶をわざわざ呼び起こして、あーあ、と床に倒れこんだりする。あれはいくつのころだったか、小学生の低学年のころ、父の前職の同僚が、近くに寄ったから、とかなんとかで、突然あそびにきたことがある。どうにもデリカシーに欠けた人物で、そのとき彼は、姉とわたしをそれぞれ一瞥し、わたしを指して、「なんやあ、下の子は、お父さんにもお母さんにも似とらんなあ。血い繋がっとらんのか?」と言って大笑いした。わたしはたぶんそのとき、自分の心臓が粉々に砕ける音をきいた。とっさに作り笑いをして、会話が大人たちだけのものになったタイミングで、ソファの陰に引っ込んで、嗚咽をこらえてめそめそ泣いたのだ。床に倒れ伏したまま思い出す。あれは、かなしかったなあ。しかしそのかなしみはすでに風化して、いまは考えてしまう。もしそうだったら。もし、ほんとうにそうだったら、だれにも、こんなに苦労をかけなかったかもね。風化したかなしみの上に、また別のかなしみが重なっていく。人生はかなしみの地層だ。かなしみのミルフィーユだ。かなしミルフィーユ。ハア?

 あんまりにも不出来だ。はやくまっとうなおとなになりたい。はやく、まっとうなおとなになって、まっとうなおとなにならなくては。虚無の論法。つかれてしまった。疲労が生むのは惰性と怠慢と思考停止だ。勢いのまま、どこにも公開すべきではない言葉ばかりが浮かんでしまう。遺書でも書こうか。死にはしないし、ぜんぜん元気だが。われながら発想が根暗すぎるとおもう。

 ああ、じゃあ、手紙を書こう。身を起こす。返事を出そう、あのスミレ色の品のよい封筒に包まれてやってきた、わたしのだいすきな友だちからの手紙に。それは、なにかとても、いいことのような気がした。

 彼女との出会いは記憶にない。わたしのいちばん古い記憶で、すでに仲よくパン屋さんごっこをしている。いわゆる幼なじみで、小中高をともにした彼女とは、その間、ずっと手紙を交換していた。スマホをもつようになって、メールやラインでのやりとりができるようになっても、時おり、気まぐれに手紙でのやりとりを選択していた。頻度はぐんと落ちたけれど、わたしが上京し、彼女が隣県の大学に通ってからもそれは変わることはなかった。その彼女が数週間前、とつぜん住所を訊いてきて、へんにおもっていたのだ。引っ越してないかどうか、確認したかったのだと今さらながら気づく。数日後、床に伏してうめくばかりのわたしのもとにとどいた、見慣れた文字の羅列が、どれほどその人間の輪郭をやさしくなでたか、彼女はしらないだろう。

 返事を書こう。そうして、いつかまたやってくる救いを待つのだ。待つだけだ。待ってる間に、他にもたくさん、すべきことはあるのだ。たとえば、そう、ため息でそこらに散らばった、ふわふわの花びらを片付けて、明日の燃えるゴミに出してしまうとか。めんどくさいなあ。手紙にも書こうかな。花びら散らかしてめんどくさいよ〜と、そういうたわいもない話。

おわり。

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