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夏の夢

 こまごまとした夢をいくつか見た。

 いつも行く駅前のファミリーマートで、ATMからお金をおろそうとして、残高を5万円と見間違うのだけれど、桁をよく数えたら5千円とすこしだった。おろそうとしていた金額が5千円だったので、エッ、今月もう暮らせないじゃん、とおもって立ち尽くした。

 父を助手席に乗せた大型トラックを運転していて、高速をおりるためにハンドルを切ろうとするのだけれど、ぜんぜんうまくいかない。気付くと父は車から降りて、わたしに身ぶり手ぶりで指示を出していて、運転席にひとり残されたわたしは「できないよ〜」と涙声になっていた。

 びみょうな夢だった。悪夢とまでは言いがたい、でも、いや〜なきもちがする夢だった。残金がほとんどないとわかって心臓が冷える感覚も、後続車のクラクションに頭の中をめちゃくちゃにされる感覚も、重い疲労を手足に残して、目が覚めてもしばらく身動きができなかった。じっとり汗ばむ不快感でようやく現実に近づいて、同時にロフトの上の異常な暑さに気づいて、なんだかなあ、とおもった。いやだなあ。こんなにも現実には夢がないのに、夢にも夢はない、そんなのってさいあくだ。わたしは夢の中でもなさけないやつだった。うなずいてしまう、そう、わたしってそういうやつだ。なさけなくて、どんくさくて、かいしょうなしの、はずかしいやつ……。夢でさえ。いやだなあ。どうしてこんなおもいをしなきゃいけないんだ、たかが夢なのに。しゃしゃってくんなよ。夢のくせに。不機嫌にロフトを下りた。

 近ごろの眠りは、まとわりつく熱気にゆり起こされてかき消えるようになった。わたしはロフトの上で寝起きしていて、あたたかい空気は上へ上へとのぼることをこの身をもってよく知っていて、とにかく暑い、寝苦しい日々がまたやってきたのだ、夏だなあとおもっている。昨年の夏、友だちに「寝ながら死ぬつもりなの?」と言われるほど凶器的な温度の中、でも下に寝るスペースつくるのめんどくさいし、と動かぬ理由をさがして過ごして、今年も同様、今日も明日も汗にまみれて目を覚ましている。気温もすでに30度に手が届いていて、つぎの季節の到来に心の中でこんにちは〜と小さくお辞儀している。こんにちは、夏。今年もよく来たね。わたしはあなたの茹だる暑さがすきではないし、セミの死骸もかんべんしてほしいけど、ちからづよい色彩を眩しくおもっています。またよろしくね。

 浅漬けのきゅうりや焼きナスのおいしさに感動したり、すこしの間ほっておいたアイスがドロドロになっていたり、風呂上がりの夜風に目を細めたり、すでにそういう日々を過ごしている。夏至は再来週らしい。いい時期だと染みるようにおもう。日曜日、ほの暗い部屋で、窓からふきこむすずやかな風に肩のあたりをなでられて、うたた寝から浮きあがるように目を覚ますとき、これ以上のしあわせはないとおもう。幸福のつまった、無敵の空間、わたしの暮らすワンルーム。この部屋に一人でいる限り、わたしは最強なんだとおもう。でも、実際はそうじゃない。わたしは、なさけなくて、どんくさくて、かいしょうなしの、はずかしいわたしのことを、忘れているだけだ。ほんとうはさっさと決別したいのだ。わたしは世界でもいちばんになりたい。世界一の最強になりたい。よくわかんないけど、とにかくそうなりたい。この部屋を出て、好き勝手やって、ゲラゲラ笑いたい、最強になりたい、うしろめたいことぜんぶ忘れて、なんかもう、どうでもいい、よくわかんない、わすれたい、やめてしまいたい、たすかりたい、どうにかなってしまいたい、ひまわり畑を見に行きたい。それか、つくばわんわんランドか、前橋の名犬牧場。いいね、行きたいね。いいとこどりして、ひまわり畑で犬の散歩はどうだろう。名案すぎる。そんなの、最高じゃないか。そんなの、ぜったいに幸福だ。

 今年の夏の夢は「ひまわり畑で犬の散歩」にしようかな。どうにかして叶えたい。今年中じゃなくても。じゃあ、人生の目標にしようかな。「夏にひまわり畑で犬の散歩」、わたしの人生の目標です。いま決めました。今週もどうにかやっていきましょう。

おわり。

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ビッグラブ❣️
2
無力
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