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大学4年の夏の終わり。

夏の終わりは、夢の終わりによく似ている。

就活を終えた私は、自転車の上で金木犀のような香りが鼻をかすめるので、もう季節が移っていることに気が付いた。今日は、麻美とみっちゃんと合コンに行く。自転車で。

家から自転車で10分のところにJRの駅がある。駅前はいつ見ても自転車がひしめいていて、その数だけ生活があることにふとぎょっとしたりする。なんとか隙間を見つけて自転車を降り、乱れた髪を直しながら改札へと向かうと、見慣れた二人が手を振っていた。

二人とは大学の入学式で席が隣同士だったことで仲良くなった。入学式の日に出会った人とは大抵「よっ友」のような関係にしかならないのが相場だが、二人とだけは親密な関係が続いた。ひと月前に彼氏と別れたばかりの麻美と、片思いが終わったみっちゃんは、すごい気合の入り様だ。

三人とも就活が終わり、みっちゃんは早速全頭ブリーチのピンクヘアで現れた。秋が近づくといつも髪の毛をピンク色にしている気がする。恒例となっていたこの景色も、今年で終わりかもしれない。みっちゃんは医療メーカーから内定をもらっていた。一張羅のワンピースにカチューシャというお嬢スタイルを決め込んだ麻美も順当に就活を進めて、第一希望だったゲームメーカーに就職を決めている。私はというと、夢だった出版社への就職がかなわず、IT企業からの内定を受けることにした。

携帯を改札機にかざし、「お待たせ」と声をかけると、二人はのぞき込んでいた携帯から顔を上げて、声をそろえて「やっほ」と言った。大学には週1で通うだけで、二人とはゼミも違うから、久しぶりの集合だ。

今日の合コンに来るメンズたちの情報と妄想を交錯させながら会場へと電車に乗り込み、近況の報告と噂話をしているうちに目的地への到着を告げるアナウンスが入った。15分電車に揺られるうちにコロコロと変わる話題の中には、卒業式の袴がどう、とか、上京するための家探しに交通費がかさむ、とか、そういう類の話も混ざっていた。

時間ぴったりにお店の前に到着し、遅れてごめんね、と言いながら席へ着くと、麻美のバイト先の先輩と、彼の同僚が2人。他愛もないプロフィールをうまく織り込んだ会話をしながらレモン酎ハイ2杯とキティ4杯を煽っているうちに、なかず飛ばずな合コンの匂いを感じ、成り行きでバッティングセンターに寄ったものの気づけば女子は女子、男子は男子で楽しんでいた。その後、形式的なLINE交換をして解散し、女子3人で帰りの電車に乗り込んだ。

別に特筆していいところも悪いところもない男子たちの感想を一通り述べ、男子同士のノリで送ってきたであろうからのラインを適度に返し2軒目としてトリキに入った。さっきまで合コンをしてたとは思えないぐらい、新垣結衣と星野源の結婚話や、山下健二郎の電撃結婚のゴシップに話題は移り、バルセロナのパス回しよりも早い話題転換で、卒業旅行の話まで行き着いた。海外にはいけないとなるとどこがいいか、福岡も、神戸も、一日で終わりそうだね、なんて。

トリキの山芋を食べない人とは大人になっても仲良くなれないな、とか。何年で転職して、30歳までにはこういう人になる、とか。大人になる準備を、今していることが、どうしようもなくおかしく思えた。かまいたちのYouTubeとか、てんちむの負債とか、そういう、どうでもいい話しかしてこなかったのに。授業をサボって、勝手に大学の最寄りのマクドで授業がわりに1限過ごしたこともあったし、3限で授業が終わるように履修をみんなで合わせて、水曜日は毎週昼から麻美の家で飲んだり騒いだりして過ごしたこともあった。授業を飛んでMyojoのジュニア大賞にみっちゃんの推しの名前を書くだけの90分を過ごしたこともあるし、サークルの愚痴を聞いてもらうためだけに5限のラウンジにふたりを集合させたこともあった。

トリキで、何億回も一緒に飲んだのに、トリキだけで3人ともベロベロになったこともあったのに、今こうして、大人になる話をしていることが、飲み込めなかった。一人だけ、立ち止まっていた。みっちゃんが、私を見てギョッとしたのが分かった。麻美が、どうしたん、と爆笑していた。終わりたくない、というと、向かいに座っていた二人が笑いながら眉を下げて同時におしぼりを渡してきた。その瞬間に店員さんが言いにくそうに閉店時間を告げるので、いそいそと退店の準備をし、店の前で、行こか、と3人で声を合わせる。ようやく泣きやんだものの、涼しい風が吹き抜け、これでもかというほどにまんまるなお月様が真上に見えて、またも涙腺が緩んだ。

みっちゃんが、もう、と呆れると、麻美がスマホのカメラを向け始める。卒業アルバムに投稿しよ、と二人で爆笑している。思ってなかった未来、同じようには続かない日常。夏の終わりは、やっぱり夢の終わりに似ている。だからこんなに、寂しくなる。

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