農業をしない野生生物はヒト並みに増えることが出来ない

気候変動の活動家に関する記事で、「ヒトが野生生物を圧倒しすぎている」というような意味合いで以下のような発言が紹介されていた。

量も大事なこと、地球上の哺乳類は60%が家畜で人間が36%、野生動物は4%しかいないこと——

これは哺乳類で種ごとに体重の合計量を取った場合の数字のことを言っており、これは確かに人間と家畜が圧倒的に多くなる。次図は日本で同様の計算をした場合の結果になるが、日本では家畜が少ないので、特に合計体重ではヒトが半分以上を占めるという圧倒的な数字になる。個体数でヒトを上回るのですらアカネズミだけで、ネズミは小さいため体重の合計では大したことはないためである。

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各種哺乳類の推定個体数と推定現存量。
注意1:縦軸は対数。
注意2:1990年代の論文の推定値なので今より野生生物数が少ない。シカの直近の推定生息数はこの5倍、300万頭程度まで増えている。


さて、この数字を見ると「ヒトが自然環境を破壊する過程で野生生物が減ったせいだ」というように思えるだろう。だがその推測は正しくない。日本の土地利用は人の手が入っている区域は農用地13%、宅地5%、道路3%程度で、森林が7割前後を占め、その森林も最近はヒトによる薪炭目的の伐採が減った結果野生生物数がヒト不在時並に回復してきているが、それでもイノシシは100万頭程度で飽和している。大まかにいうと野生生物はその程度までしか増えることが出来ない。

なぜヒトが個体数1億越えという圧倒的な数字をたたき出しているかと言えば、ひとえに農業(と全世界での作物の不作を均す輸出入)のおかげに他ならない。

農業が始まる前、縄文時代は日本の人口は10万人前後、6万人~26万人の間を推移していたと推定されている。この数字は、ヒトと同じような雑食のニホンザルの20万頭前後という数字に近く、より草食性に寄ったイノシシの50~100万頭よりは少なく、より食物連鎖の上位にあるツキノワグマの飽和時推定個体数である数万よりやや多い、という程度となる。日本列島において農業をしない雑食性の哺乳類(縄文自体のヒトを含む)の増えるられる限界がこの程度ということである。

日本の人口は農業が始まった弥生時代から爆発的に増え始め、戦国時代には1000万人を超え、その時点ですでに全哺乳類の体重の合計の半分近くをヒトが占めるという圧倒的な数字が視野に入っていた(真の草食動物であるニホンジカの直近の推定生息数が300万頭のため、当時の場合はまだシカと比較可能だった程度かもしれない)。


ともあれ、日本の場合はその地形から農地面積が限られ国土の7割に森林が広がっているため、ヒトが他の野生生物を排除しつくすことは(意図的な絶滅が行われたオオカミは別として)意図的にやらない限りそう起きるものではなくで、クマ、シカ、イノシシ、サルなどの大型野生生物はヒトがいなかった場合にあったであろう"野生本来の個体数"に比べ1桁以上少なくなるような事態はなかったと思われる。それでもなお、ヒトが圧倒的な合計体重量を占めているのは、それだけ農業の人口増加効果——多い状態で維持する効果——が大きいということである。

ただし、真の草食動物——大半の草を食べることが出来、草原を"農地"並の餌場とできる生物——である主要な家畜に関してはヒトが野生生物を置き換えた影響が大きい。アメリカにバイソンは6000万頭近くいたが、それは今では9000万頭のウシに置き換わっている。ただ、それでもヒトが3億まで増えたのは農業にいる異常バランスであり、アメリカで家畜飼育をやめてバイソンを増やした場合、ヒトと野生生物の合計体重比率は半々程度になると思われる。

さて、もう一度最初の質問に立ち戻ろう。「地球上の哺乳類は60%が家畜で人間が36%、野生動物は4%しかいない」という話において、ヒトが36%を占めているのは、ヒトが野生生物を減らしたというよりは、ヒトだけが農業を始めて爆発的に増えたというほうが正しい。「ヒトが多すぎる」問題の是正策は、農業を止めヒトと家畜の大半を「間引く」くらいしかない。「野生動物は4%しかいない」というのは一見するとセンセーショナルだが、そういう意味の数字だということは理解すべきである。

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