”自称”はスゴイ
今、ある著名クリエイターの本を編集している。彼は映像を扱う会社に就職するも、そこでクリエイティブ職に就けないことがわかったため、ほどなくして退社。ある日から自宅で勝手に”クリエイティブ”し始めたそうだ。
つまり、”自称”クリエイターである。
そのまま一人、家のMacで創った作品の一つが賞を受賞。それを実績とし、あらためて念願のクリエイティブ職に滑り込んだ。
そこから約10年。
その分野で多くの映像を手がけ、賞を総なめにし、現在彼はそのジャンルで”日本一”と評されている。
ここには書かないが、彼が創った映像を一度も見たことがない人は、今この日本にほとんどいないはずだ。
一方、自分は今編集職として本を企画編集し、実際それをナリワイにしているのだが、そこに至るまではけっこうな紆余曲折があった。ただし、とりあえず出版社に身を置いていたことから、自社他社含めて編集者の知り合いは多くいた。
そこで営業部員だったある日、どうしても本を作ってみたかった自分は、プライベートで興味のあった分野で勝手にいくつか本の企画を立て、知人数人にそれを提案してみることにした。
つまり、”自称”編集者である。
すると、他社の知り合いの一人がとある企画を「面白い」と言ってくれた。
「会社へ提案してみたい」というので、その企画において著者と目される人物に知人と会いにいき、了承を得、彼の勤める出版社へ起案してもらうことにした。
その後、企画は会議を無事通過。本当に本として刊行されることが決まった。
ただ、せっかく自分の頭でひねり出した企画である。私はその知人に頼みこみ、本の編集作業を手伝わせてもらうことにした。
副業規定に引っかかりかねないために無報酬・休日の作業で、ではあったが、結果として取材と撮影、テープ起こしと、ほぼほぼその本の基本部分を担うことができた。
そして企画を立ててから約1年。無事にその本は刊行された。
自分の立てた企画が、取材して書き起こした内容が「本」という商品になり、書店に並ぶ。
本を手に取ってマジマジと眺めながら、書店の片隅で一人、感慨にふけっていたのを今でもよく覚えている。
やったことない人の何倍も、編集者
さて。書店に本が並んだ時点で、私の身分はいったい何になるのだろうか?
それはおそらく、編集者だ。
ずっと編集に携わっている人からすれば半人前以下かもしれない。名刺にも履歴書にも書けないかもしれない。
それでもやっぱり編集者だ。
強く編集職に憧れていて、実際にそのセンスがあろうとも、もしくは編集者に必要な鋭い視点やすばらしい教養を備えていようとも、一冊も作ったことのない人と比べれば、おそらく何倍も編集者である。
なお一冊作ってみて自分に備わったのは「本を作るというのはこういうことなんだな」というリアルな感覚だった。
そうなれば、そこから先に誰かから「なぜ編集者になりたいの?」とたずねられれば、より確信を持ってそれを答えられるようになったし、「本を作るだけなら大したことはない」という、極めて意外な事実までよくわかった。
これは断言できるのだが、単に本を作るだけなら、もしくは著者や会社の言うがままに本を作るのなら、本当に誰でもできる。
ただし、「売れる本」「話題になる本」を作るということになれば、策やチャレンジ、経験や努力が絶対に必要となる。
だからこそ、私は「売れる本」や「話題になる本」を生み出す編集者を強くリスペクトし、ただ本を作るだけの編集者はまったくリスペクトしていない……と長くなるから、この話題はまたあらためて。
「やったもん勝ち」でなく「やらないもん負け」
ともあれ、「編集者」という役割を身を持って知ることができた。
このことをかっこよく言えば「ゼロ・イチ」かもしれない。または平易に言えば「やったもん勝ち」なのかもしれない。
でも冒頭のクリエイターとの会話を通じ、あらためて感じているのは、むしろ「やらないもん負け」なんじゃないか、ということである。
音楽、ネットコンテンツ、イラスト、アート、人工知能、プログラム、ロボットーー。
今、あれこれの進化で、以前よりもずっと手軽にあらゆるモノが創り出せるようになった。そして想像したものを、誰かの前に届けることも難しくないし、「創りたい」という衝動に駆られた人が、それを「辞める」理由を見つけるほうが難しい時代だ。
そのうえ、冒頭のクリエイターの例を出すまでもなく、長い下積み時代を経なくても「最短距離」「最速」で最上段まで駆けあがれる時代でもある。
それでもあえて「やらない」。それはもう、私からすればまったく理解できない選択だ。
1に10をかければ10に、100をかければ100になる。
0なら、いつまでたっても0のままだ。
ただし、今の時代「やらない」のは0じゃない。
むしろ、スタート地点よりもずっとずっと、マイナスの位置でしかない。
そのことを、今すぐ自覚しよう。
「編集者」に憧れていたかつての自分は、勤め先や上司から「編集部」に配属してもらえない限り、「編集者」になれないと思い込んでいた。
でも、それはまったくの勘違いだった。
スタートが”自称”だろうと、今はあっという間に、先を走る誰かをはるか後方へ置き去りにできる時代なのだ。
努力もせず、またセンスも磨かず「たまたま誰かに指名されたから」「運が良かったから」その地位に安住しているやつは、この世の中に”ごまん”といる。
そんなやつらなんて、”自称”のまま、ゴボウ抜きにしてしまえ。
あなたは今、何かをやることを躊躇していないだろうか?
何かを諦めていないだろうか?
悩む時間は無駄でしかない。
最速で、最短距離で駆け抜けろ。
間違いなく、そこに答えはある。
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