#3.5 マルクス・アウレリウス『冥想録』村山勇三訳(略伝)
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#3.5 マルクス・アウレリウス『冥想録』村山勇三訳(略伝)

こんにちは、古い本の電子化をしているnisiといいます。

前回の第三回が長かったので分割しました。伝記は今回で終わりです。第一回はこちら

注意として、誤字脱字を含んでいる可能性があります。あやしい箇所や問題があれば、コメントや質問箱で教えてください。
また、今日では不適切と受け取られる表現を含んでいる場合があります。ご了承ください。

(六)

 伝へる所に拠れば、皇帝はこの勝利に就いて元老院に報告をした。それはそんな慣習があつたのだから信じてもよからう。しかし彼がその文章中に何と書いたかは、その文書が現存しないので分らない。ダキィルはかう見て居る、即ちその皇帝の手紙は元老院又は基督教の敵等によつて故意に破毀せられた。なぜなら基督教及びその宗教に取つて斯程名誉な証拠を不朽に伝へてはならないからであると。ところがこの批評家も自分の自家撞着に気が附かなかつた、なぜなら彼はその手紙の文意を我々に語りつぎながら、而もそれが破毀された事及びユウセビウスさへもそれを見出し得なかつた事を自ら告白して居るから。しかし、この記念すべき戦勝の後ローマ国民と神聖なる元老院とに宛てたアウレリウスの希臘文の書簡が一通存在してゐる、それはユスティヌスの最初の弁明書アポロギーの後に印刷されて居るが、それは他の弁明書とは全く連絡がない。この書簡は現存する多くの馬鹿々々しい偽物であつて、純粋なアウレリウスの報告には全く基づいて居ない。若しそれが純粋のものであるとしたら、基督教徒たるの故を以て人々を迫害したといふ非難から皇帝は免れた訳である。なぜならこの贋手紙の中には、人もし単に基督教徒たるの故を以て他を告発するとも、その被告人に何等の罪過をも無いことが明白となれば、その人は釈放さるべきである、と書いてある。而もその奇怪極まる附加条件として、その密告者は生きながら焼殺されねばならぬといふ事柄を記してあるのは、その筆者の如何に愚鈍であつたかを想像せしめるに余りある。
 アントニヌス・ピウス及びマアカス・アウレリウスの在位中にユスティヌスの最初の弁明書が現れた。又アウレリウスの御代には希臘人を攻撃するタティアンの公開演説があつて、それは猛烈に既成宗教を攻撃した。基督教のために起つたアセナゴラスの公開陳述やサルデスの監督メリトの弁明書、これらもアウレリウス皇帝に宛てられたものである。ユスティヌスの第二の弁明書は「ローマ元老院に」との小見出しが附いてゐるが、この見出しは或写手の手に成つたものである。
 ユスティヌス自身は神々に犠牲をさゝげることを拒絶したためにローマで死刑に処せられたと伝へられる。その事は或史家が言ふやうにハドリアンの御代には有りやうがなかつたし、又彼の第二の弁明書がアウレリウスの時代に提出されたとすればアントニヌスの御代でもあつた筈がない。のみならず、この事件がアウレリウスとエル・ヴェルスの共同統治時代に起つたといふ証拠もある。
 アウレリウス時代には、新旧の信仰の衝突が今なほ強烈であつた。そして異教の遵奉者等は官憲の人々を励まして基督教信仰の侵入に一層組織的な対抗をしようとした。メリトはアウレリウスに提出した弁明書の中に、アジアの基督教徒が帝国の新法令の下に迫害された事を述べて居る。その文中には、他人の財産を貪る所の破康恥な密告者等は無辜の人々から財産を盗奪する手段として此等の新法令を用ひて居ると述べてゐる。又彼は正しい皇帝がこのやうな不正な法令を発布する筈があらうかを疑ひ、若しこの法令が真に皇帝から出たものでないとすれば、基督教徒は敵の手の中に打任せられないやうに皇帝に歎願するとの意をも含めてゐる。こんな事から見れば此様な迫害の基礎をなした所の皇帝の答書またはアウレリウスの法令があつたと思はれる。今や苟くも基督教徒であるといふことは、その報告人が己れの信仰を非認しない限りは罪とせられ刑に処せられるのであつた。かうしてスミルナの迫害が来た。それは近代の史家は紀元一六七年即ちリヨンの迫害の十年前に置いてゐる。アウレリウスの治下の地方長官等はトラァヤンの答書に記された以上に基督教徒を圧迫すべき保証を得て居つた。さうして人民の熱狂は地方長官を駆つて否応なしに遂に迫害せしむるに至つた。しかし基督教徒等は異教の儀式を悉く非認したのみならずあらゆる異教が虚偽であることを明白に主張したといふ事実を我々は忘れてはならない。基督教徒はかうして異教の儀式に宣戦した。而もそれはローマ政府に対する反抗の宣言であつたことは喋々する必要がない。蓋しローマ政府は帝国内に存在する有らゆる種類の迷信を寛容してゐたので、それらの宗教を虚偽となし、且つまた帝国のあらゆる荘厳な儀式を悪魔の礼拝に過ぎないと宣言した所の新来の宗教を素直に我慢することは出来なかつた。

(七)

 若し我々が真実の教会史を有するならば、我々は知悉する筈であるが、実際ローマの皇帝等はこの新宗教を妨遏せんと企図したし、又彼等は単に基督教徒たるがために基督教徒を罰するといふ原則を強行した。それはユスティヌスがその弁明書の中に述べてゐる通りである。また民衆の軽挙妄動もこの問題に関して非常な程度に促進せしめられ、又多数の熱狂的で無智な基督教徒はこの反対側の熱狂を煽動してローマ政府と新宗教との間の争ひを悪化せしめる事に寄与したのである、我々の有する現存の教会史は明かに贋造せられたものであつて、その中に含まれて居る事実は非常に誇張されてゐる。しかしアウレリウスの統御時代に異教の民衆が基督教徒に対して公然と敵対してゐた事や、当時の人々が単に基督教徒であるがために死に処せられた事も確かな事実である。……アウレリウスがこれらの残忍な迫害行為にどれ程の程度で賛成したかは分らない。なぜなら、その時代の歴史的記録は非常に欠損してゐるから。彼は基督教徒の抑圧の法規(それはトラァヤンが既に制定してゐたから)は制定しなかつた。そして彼が基督教徒を放任して置きたいと思つたことを、仮に認めるとしても、それは彼の権限内にあつたとは断定できない。なぜなら近代の或る国々の君主が持つやうな絶対無限の権能をアウレリウスが持つたと推定することは大なる誤謬であるから。彼の権能は或る一定の憲法的形式によつて、元老院によつて、及び彼の先位者等の先例に依つて制限せられてゐた。我々はこのやうな人物が積極的な迫害者であつたとは認め得ない、といふのは、彼の言葉(第十篇三節)から明白なやうに、彼が基督教徒に関して好感情を持たなかつた事は確かであるとは言ひながら、彼が迫害者であつた(第七篇十五節)といふ証拠はないのである。しかし彼はローマの宗教に対する彼等の反抗以外には、彼等に就て何事も知らなかつた、従つて彼は彼等が国家に取つて危険であると恐らく考へたらしい。若し残つてゐる若干の文書の真正なことが承認されるとすれば、彼は如何なる迫害をも許さなかつたといふ事が明白になる訳であるが、しかし、真実を探求して慥められる所によれば、それらの文書は偽造であるので、彼が当然受くべき非難は彼をして担はしめるがよいであらう。更に又アウレリウスがその全く知らなかつた宗教から倫理上の主義綱領を一つも抽出しなかつた事も全く確実であることを附け加へて置きたい。

(次回:原文及び英訳について

その他

著作権切れの作品ですが、利用される際はできるかぎり底本と対照してください。責任は負いかねます。旧字体は新字体に改変しています。仕様上、割り注やルビなど再現できていない箇所があります。

古い伝記なので、現在の通説とは食い違いがあるかもしれません。他の伝記もぜひ読んでみてください。

底本:『世界大思想全集3』春秋社(1927)
著者:マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121-180)
英訳:ジョージ・ロング(1800-1879)
和訳:村山勇三(1887-1958)

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