#5 マルクス・アウレリウス『冥想録』村山勇三訳(概説)
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#5 マルクス・アウレリウス『冥想録』村山勇三訳(概説)

こんばんは、古い本の電子化をしているnisiといいます。

前回は原文と英訳についての説明でした。今回からはアウレリウスの哲学についての概説です。第一回はこちら

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また、今日では不適切と受け取られる表現を含んでいる場合があります。ご了承ください。

アウレリウスの哲学

 ストア哲学が初めてその真価を現はしたのは、ギリシヤからローマへ渡つてからであると言はれて居る。ゼノウ及びその学派の教理はローマ人の威厳と実際的判断力とに能く適合した。そして共和政治時代に於てさへも大カトーの如くストア学徒の生活を送つて、その遵奉する思想に終始一貫して世を去つた人物の実例を我々は有するのである。キケロの言ふところでは、彼は確信からストア哲学を抱懐し、空虚な討論の目的からでなく、自己の生活をストア哲学の戒律に遵合せしめるために、それを把持したのである。アウガスタスの死去からドミテアンの弑逆に至るまでの不運の暗澹たる時代、暴虐なる帝政と一般的腐敗の間にあつては、旧き宗教の信者等を慰撫し幇助し得るものは、ストア哲学の外には何にも無かつた。その時代にあつてさへも、善良な良心と人生の目的に関する高尚な観念とによつて支持せられ、勇敢に道徳的生活を続け得た高貴な人々もあるにはあつた。それはペィタス、スラセア、ヘルヴィデウス・プリスカス、コルヌタス、ムソニウス・ルーフス、及び詩人のペルシウスやジューヴェナル等であつた。ペルシウスはネロの血なまぐさき統治の下に死んだが、ジューヴェナルは暴君ドミティアンの時代を生きながらへて、ネルヴァやトラァヤンやハドリアンの善政時代を見るの幸運を持つた。彼の最善の戒律はストア学派から引き出されたもので、比儔なく雄勁なるラテン語によつて、美しく詩化された。
 晩年のストア哲学の最も良き二人の解説者は、一人のギリシヤ奴隷と一人のローマ皇帝とであつた。フリギア系のギリシヤ人たるエピクテータスは、どうしてか分らないがローマへ連れて来られた。エピクテータスは未だ奴隷であつた頃には、多分ルーフスの聴講者であつたらしいが、しかし自由を与へられるまでは、教師ではあつた筈がない。彼はドミテアンの命令でローマから放逐された哲学者仲間の一人であつた。彼はエピルスのニコポリスに退いて其処で死んだらしい。他の大教師等と同様に彼は何にも書かなかつた、そして我々がエピクテータスの論叢として有するものは彼の忠実なる弟子アリアンの撰集にかゝるものである。アリアンはエピクテータスの論叢八巻を書いたが、残つて居るのは唯四巻と若干の断片である。
 もう一人のストア哲学の解説者は、即ち我がアウレリウスである。彼はその教師達に対する恩義を恭しく書き記して居るところの第一篇(七節)の中に言つて居る。つまり彼はユニウス・ラステカスに依つてエピクテータスの論叢に親しむことが出来た(第四篇四十一節、第十一篇三十四節、三十六節)。エピクテータスの教理とアウレリウスの思想とは実に同一であつて、前者は後者の哲学的言辞の解釈及び思想の説明に取つて最善の権威である。しかし、この二人の哲学者の方式は全く異なつて居る。エピクテータスは引き続いた講話と懇切単純な方法とで直接に聴講者に講述したのであるが、アウレリウスはその思索や反省を断片的な章句の中に而も屡々曖昧に唯自家用として書き記した。
 ストア派は哲学を三つ即ち物理、倫理及び論理に区分した(第八篇十三節)。この区分は、ディオゲネスの言ふ所では、ストア派の解説者たるゼノウ並にクリシツプスに依つて為されたものであるが、これらの哲学者は三つの区分を論理、物理、倫理といふ順序に置いた。
 ストア学者のクレアンセスは、この区分を更に六つに小分けした。即ち論理を弁証法と修辞学に分け、倫理と政治学、物理と神学の六つに分けた。この区分は単に実用上の事であつて、哲学そのものは一つである。この区別を殊にこゝに掲げたのは、アウレリウスのこの著作に包含されて居る見解を稍々哲学的に整理して見るために過ぎない。
 クレアンセスの小区分によれば、物理学と神学――即ち事物の性質の研究と神の性質の研究とは、人間が神とその宇宙の支配とを理解し得る限りでは、相伴つて行く。この区分または小区分は、アウレリウスは形式的には採用して居ないし、彼の著書の中には何等の方式も存在しないが、しかし実効的には包含されてゐる。
 クレアンセスはまた倫理学と政治学即ち道徳の原理の研究と社会構成の研究とを関聯せしめる。しかしアウレリウスは政治学を取扱はない、彼の目的は倫理にあつて、及びそれは一人間として而も一統治者としての彼自身の処世法に取つての実際的適用である。彼の倫理は人間の性質、宇宙の性質、及び各人対各事物の関係に関する彼の教理に基づいて居る。そこで、その倫理は、物理即ち自然事物の性質、及び神学即ち神の性質に直接に且つ不可離に関聯してゐる。彼は我々の心意に写つた一切の印象をよく吟味し、それに対して正しき判断を与へ、正しき結論を作り、且つ言語の意味を精査するやうにと勧める。しかし彼は弁証法に関しては何等の説明をしようと企てゝ居ない。従つて彼の哲学は本質的に純粋に道徳的であり又実行的実際的である(第八篇十三節)。……「常住不断に、且つ又、若し出来るならば、心霊上に印象を受くる度毎にそれを物理上の原理と倫理上の原理、弁証法の原理に照合するがよい」。これは言葉を換へて言へば、出来得るだけの方法で印象を吟味せよと我々に教へる事に外ならない。又他の章句(第三篇十一節)の中では斯う言つてゐる、「既に叙述した所を強めんがために尚ほ一事を附加へるとしよう――汝に提示せられた事物には定義又は解義を自身で作るがよい、それは如何なる種類の事物であるかを、その本質に於て、その赤裸々の姿に於て、その全相に於て、明確に見極めて、その本来の名前と、それが他と複合した場合の事物の名前と、及びそれから分解して生ずる名前とを自身に明かにせんがためである。」このやうな審査は弁証法の使用を意味するが、これに依つて見れば、アウレリウスはその物理的、神学的、及び倫理的原理を確立する方法としてこれを用ひたのである。
 アウレリウスの本著に含まれてある物理的、神学的、及び倫理的の原理の解説は数種あるが、これらの解説中で特に注意したいのは、リツターの小論文とシュルツの著「アウレリウスの哲学的原理」とである。この二つの有益な論文の援助を得て熱心に研究するならば、アウレリウスの根本原理に就て十分の見解を形造ることが出来やう。しかし、それでもそれを他の人々に解説する上には更に一層の困難を見出すであらう。この著の中には、原文の整理が不足し、多くの章節の間に連絡が乏しく、本文が欠損し、措辞行文が曖昧であり、時としては筆者自身の観念が混雑して居り、加之、彼の思想上に明かな矛盾が起つて居る。それは宛ら時として彼の主義主張が動揺し、彼の心意が疑惑に掩はれたかのやうに見える。安静と冥想の生活を送り、入りては煩悶せず、出でては事に妨げられないやうな人間は、己れの精神を安泰にして、己れの思想を坦々たる進路に保つことが出来る。しかし、そのやうな人は試練を受けて居ない。彼の倫理的哲学や彼の受動的美徳は、若し彼が一旦人生の苛酷な現実に暴露されるならば、空しき言葉になつてしまふ恐れがある。自ら働かず又苦悩しない人々から出る美しい思想や道徳的談論は読むにはよいかも知れないが、しかし直ちに忘れられるであらう。如何なる宗教も、如何なる道徳哲学も、若しその教師が「伝道者の生活」を送らず又殉教者の死に唯々として就かないならば何の価値もない。
 アウレリウス皇帝は実際的道徳家であつた。彼は幼少時代から厳格な規律を遵守し、その地位の高きに拘らず有らゆる窮乏を超越し、最も赤貧な哲学者の如く簡素克己の生活を送つた。エピクテータスは欠乏を殆んど感じなかつた、そして彼は自分の要する僅少の物を常に有したやうに見える。つまり彼は己れの下賤な地位を以て自ら甘んじたからである。しかしアウレリウスは帝位を継承してからは、不安の座に居つた。彼はユウフラテスから大西洋に達し、スコツトランドの寒山からアフリカの熱砂に達する大帝国の統制権を持つた。そして我々はたとひ自分で経験に依つて知ることは出来ないとしても想像することは出来るのであるが、自分の出来得る最善を尽さうと希ひ、而も自分の願ふ善事の万分の一も為すことが出来ない事を確実に知りながら、世界の政治を手中に掌握する人の試練と悩苦と焦慮と悲哀とは果してどうであらう。

(次回:つづき)

その他

著作権切れの作品ですが、利用される際はできるかぎり底本と対照してください。責任は負いかねます。旧字体は新字体に改変しています。仕様上、割り注やルビなど再現できていない箇所があります。

底本:『世界大思想全集3』春秋社(1927)
著者:マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121-180)
英訳:ジョージ・ロング(1800-1879)
和訳:村山勇三(1887-1958)

どうでもいいですが、ルビが試験的に実装されるそうで嬉しいです。正式に実装されれば手直ししたい。荘子も上げたい。

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