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井田翔太さん・石原紗和子さん ご夫妻-自分と他人を受け入れられる地域-

高橋 恭介

To Be Dozen』プロジェクト
 2020年から現在まで、新型コロナウイルスの影響で島前地域の多くの人々の生活や交流に変化があったが、この変化は島前地域の魅力について深く考える一つのきっかけにもなったのではないだろうか。そして、この島前地域はこれから、さらなる変化を遂げていくことだろう。
 そんな今、「働く場所が島前である」「学ぶ場所が島前である」「人生の1ページを刻む場所が島前である」意味はなんなのか。「島前が島前である」ためには何が大切で島民は何を願うのか。そんな島前地域の人々のストーリーと想いをのせた記事を作りたい。そして、これから私たちはどこへ向かうのかを皆さんと一緒に考えたい。        
                    隠岐島前高校2年 高橋恭介

「ここには自分と家族を両方大切にしながら生きていける、受け入れてくれる環境がある。」
そう感じさせてくれたのが、今回お話しを伺った井田翔太さん、石原紗和子さんご夫妻だ。

海士町では数年前から始まった町の魅力化により移住者が年々増加し、人口減少に歯止めがかかりつつある。しかし、良い意味でも悪い意味でも”風通しの良い”この島では結婚・出産のステップが一つの大きな課題であることは事実であり、やはり「人が住み、結ばれ、命を繋いでいく」というこの循環により地域が創られていくのも事実だ。

海士町出身の翔太さんと神奈川県出身の紗和子さん。お二人が実際にこの島で結婚生活を送る中で感じることと、そこから見える海士町の文化を率直に語っていただいた。

井田翔太(いだ しょうた)
1994年 生まれ・海士町出身 / 隠岐島前高校卒業 / 2014年 海士町で建築関係の会社に就職 / 2021年 結婚

石原紗和子(いしはら さわこ)
1986年生まれ・神奈川県出身 / 2011年 旅行会社に就職 / 2013年よりシンガポール赴任 / 2015年 シンガポールのマーケティング会社へ転職 / 2018年 日本へ帰国 / 2019年 海士町を含む多拠点での生活を開始 / 2021年 結婚


(左:翔太さん 右:紗和子さん)保々見地区にて


                ⬛️

──今回はよろしくお願いします。島前出身の方とIターンの方の結婚って結構珍しいと思うんですが、お二人の出会はいのきっかけは何だったんですか?

翔太:最初は保々見地区の新年会だったかな?

紗和子:私はもともとここに来る前はシンガポールで仕事してて、日本に帰国した後、国内でどっか面白いところないかなって探してたら海士町を見つけて。そのときは福井県と高知県と海士町を行ったり来たりして働いてたんだけどね。それで海士にきて4、5回目くらいかな?その頃に出会ったんだよね。


──すごい多忙な生活をされていたんですね。

紗和子:そう。だから最初は10日間ずつぐらいの付き合いで、それがどんどん2週間になり、1ヶ月になり。で、他のところでの仕事が完全に終わったタイミングで彼の実家に転がり込んで、居候を1年くらいしてたかな。

翔太:結構いたよね。

──居候1年って結構長いですよね?

紗和子:井田ファミリーがものすごく優しくて、娘のように接してくれたから甘えちゃって(笑)それで「そろそろ結婚するか!」って。


──そんな感じだったんですね。島で結婚するっていう特別感みたいなものってありましたか?

紗和子:なんで結婚したかって、家族に対しての考え方が同じだったから。「サマーウォーズ」っていう映画あるじゃん?田舎の超大人数ファミリーがいて、初めて会った時にすごい紹介されるけど全然名前覚えられないみたいな。私もすごく家族が大好きで。あとは、なんかあんまり島だからっていうのは関係ないんだけど、自分と会社の外に地域があって、コミュニティがあるっていうのが良くて。私は元々神奈川に住んでたけどそこにそんなコミュニティはなかったし。その保々見っていう ”単位” がすごい好きだったんだよね

保々見地区にて

──確かにコミュニティの強さは感じますよね。

紗和子:話として適切かどうかはわからないけど、まだまだ女性がキャリアを積んでいくときって、家庭を持ったり、子供を産んだりすることとの両立がまだまだ難しいと思ってて。

でも、ここにいたら自分のやりたい仕事をしながら、生活も両方できるってイメージできた。今まではめちゃくちゃバリバリ仕事することだけ考えててそれがすごい楽しかったんだけど、30歳超えてからどうしよっかなって考えて。結婚したいし、子供も欲しいし、でもどうやって両立するのかっていうイメージが湧かなかったの。

その時に翔太に出会って、保々見という地区に出会って。で、ここだったら仕事頑張りたい時は頑張れるし、子供産んで子育てと両方するってなった時にも、地域の人に面倒見てもらえるなって。そういう小さいからこそ強いコミュニティがすごくいいなって思ったの。



──そうだったんですね。逆に翔太さんが島に居続ける理由ってなにかあったりしますか?

翔太:なんだろう、海士の空き家をどうにかしたいなとは思ってたけど。まぁ実家もあったからね。

──翔太さんが高校生の頃って島前高校で「島留学」が始まった頃だと思うんですけど、外の高校生が自分の地元に学びに来ることをどう思ってましたか?

翔太:なんで来るんだろうって不思議に思ってたかな。当時は地域活動とかも積極的にしようと思ってなかったし。


──今でも高校生に対してそう思いますか?

翔太:いや今は、「来たいでしょ?、来るでしょ?」みたいな。「俺らが島留学の初期の成功に貢献したおかげだな!」って感じで勝手に思ってるよ(笑)


──はははは(笑)

紗和子:誇りに思ってるんだ〜。でも、外から一時的にでも人が来るのって、やっぱりありがたいところもあるのかな?

翔太:まぁそうね。でも、できたらこっちで仕事してほしいよね。最終的にはこっちに来てほしい。向こうで仕事するよりこっちで仕事した方が手っ取り早いと思うし。輝けるというか、やりたいことをやれるからいいと思う。失敗も成功に変わると思うし、個人的な意見だけど、向こうだとまず挑戦がしづらいんじゃない?

紗和子:それはすごい同意。島出身じゃないけど、都会で働いてて、理不尽な順番待ちがすごい多いなって感じてて。自分が挑戦できる状態にあっても、十分経験積んだと思っていても、例えば年功序列だったり、単純に仕事が回ってこなかったり、女性だからって理由で後回しにされたりっていうシチュエーションってやっぱりすごくあって。

でも、ここにくるとまず人がいないから ”なんでもどんどんやりな!” って順番が回ってくるのがすごく早いの。都会にいたときは、自分が勤めている会社がやってる仕事は大きいんだけど、自分自身がそこに本当に必要かっていうと ”それは私じゃなくてもいい” って感じて。悪くいうと会社の歯車みたいな。しかも変わりはいっぱいいるっていう状態。

でもここはそもそも会社自体が小さいから会社の歯車というよりは自分自身がもう会社みたいで、組織の構成員であり、それが社会を育み、地域の経済を回している一つのすごく大きな要因になっているって感じられる。なんのために仕事してるのか、なんのために生きてるのかっていうのに気付きやすいよね。

もちろん外に出てくのも私は全然悪くないと思っていて。外に出ていっていろんなことも経験して、島に貢献できるある程度の技術を身につけて戻ってきて、ここで力を試す。で、中心人物として成長していく、みたいなキャリア形成が一番いいんじゃないかって思う。逆に新卒で戻って来ちゃうと、なかなか教育の仕組みがなかったりするのよね、トレーニングの。だから大きい会社に入って、基礎知識とか能力とかを学ぶことは、それはそれで利があると思うよ。

Entôにて

──なるほど。確かに地元に住んでいたときは、地域のことを地元の人たちと話したことはなかったかもしれません。ここは同じ船に乗ってるっていう感覚があるし、その船に乗ることもすごく簡単なように思います。

紗和子:すごい分かる!800年前に後鳥羽上皇を受け入れた時から始まった「来るもの拒まず受け入れて、外から来た人の文化だったりいろいろなものを踏襲して、影響を受けて自分達のものにする。さらに自分達の手でそれを進化させていく。」それが私は島前ならではの人の営みだと思ってる。

島前はその大切さに気づくのが早かったのかもね。数年前に始まった魅力化が一つのターニングポイントだったんだと思う。これからもそれをずっと続けていくことがほんとに隠岐が隠岐らしくあるために必要だし、特に島前はそこが強いと思ってる。その強さによって今の島前があるし、そのバランスをほんとに保ち続けてほしい。外がいいねってなっちゃっても、外のものばっかり取り入れてしまっても今までの文化が死んじゃうし、その絶妙なバランスが大事なんだよね。受け入れてもらった感謝の意味を込めて、私も受け入れていく側になりたいし、守る側にもなりたい。

翔太:僕も思うことは一緒かな。いっときIターンの人をそんなに受け入れられないみたいな昔の考えが強いときもあって、でもそれじゃなんか成長しないよね、変化がないから。変化がないと面白くないじゃん。今はいろんな人を受け入れて、いろんな考え方を受け入れてるから、徐々にだけど成長していけてると思うんだ。だから受け入れる力はあった方がいいかな。元々持ってるんだろうけどね。海士人は。

Entôにて

                ⬛️

「どこで・誰と生活をするか」ということは自分にとって想像以上に大きいと思う。自分のキャリアを考えることと同時に、もっと近くの生活のことにも目を向けて生きていくことが幸せの第一歩なのではないだろうか。今回お二人にお話を伺って、島前地域がライフワークバランスがとりやすい地域だということをしっかりと理解でき、これからはその情報をさらに発信していく必要性があると感じた。
これから自分が「受け入れる側」になっていく日が来るのだろうか。その時までにもっとこの土地を知っておきたい。

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高橋 恭介
埼玉県出身、島根県 隠岐郡 海士町在住の高校3年生です。 2021年5月から島前地域で僕が行っているインタビュー活動をまとめた『To Be Dozen』シリーズを公開しています。 その他つらつらと。