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生い立ち-幼少期編-

 おはようございます。雨続きやけど、こういう日こそランニングがしたくなったりする。

 そんなわけで、今日から私の生い立ちを数回に分けて書いていこうかなと思います。今の夢は、育ってきた環境や出会ってきた沢山の人からの影響が作り出したものだなと強く感じている。心理学や脳科学の知識に興味を持ったのも同じく。 自分の中でも整理したいし、辛い過去と向き合えたことで心が楽になったから、それに関しても伝えていきたいなと。

幼少期の私と家族

 物心がついた頃には母がいなかった。私が3歳の時、癌を患い他界したようだが全く記憶が無い。家族は5人で父と父方の祖母、祖父と姉2人。祖父は私が生まれる数年前から脊椎損傷により寝たきりになっていた。祖母は祖父の介護もしながら、3人姉妹を育ててくれていた。小学2年生の時祖父が他界し、祖母と寄り添って大泣きしたのを鮮明に覚えている。祖母は次の日から普段通り家事をして落ち込んでいる様子を見せたのはその一回のみだった。

 少し大きくなるにつれ、父が普通の人では無いと気づくようになった。地域行事でも頼りなく喋り方も変でいつも恥ずかしかった。家でも独り言を言っていたり急に怒鳴ったりすることも多い。仕事も警備の仕事をしていたが出勤回数も少なく、祖母に「こんな給料で娘を育てられるのか」と怒られているのも見たことがある。加えてヘビースモーカーな父を見て煙草の匂いが本当に嫌いになった。祖母は他のお母さんがいる家庭と変わらないように私たちを大切に育ててくれたと今は思う。でも当時は母がいないことや父が頼りないことがコンプレックス、小学生で周りの流行りについていけないのが恥ずかしくて、沢山おねだりやワガママを言っていた。数回祖母は急に居なくなって探しに回った事がある。全てを我慢して孫の子育てに尽くし、頼れる人もいないのは本当に考えられないほど辛かったと思うけど、祖母を見つけて沢山謝ったらいつも最終的に許してくれた。父は機嫌が悪い時は手を出すこともあった。その度に泣きながら謝って謝って、尊敬できない父に怒られる自分にも腹が立ったし、こんな状況を誰か助けて欲しい、祖母も私たちも楽に生きれる環境にいきたいと強く夢見ながら育った。

性格的には、小学生の頃は今と違って超インドア。学校と近所の図書館両方で借りれる最大数の本を毎週借りてた。ジャニーズが好きな友達に頑張ってついていこうとしながら、こっそり教室で別の友達とマキシマムザホルモンのCDかけてたのめっちゃ懐かしい。その時の友達は今でも帰省するたびに遊んでくれるセンスが良くて大好きな人。当時からよく趣味の話してたのかなあと思うと嬉しいな〜

 家では、祖母が読書家やったから一緒によく本読んでたし、そんなのんびりした時間が好きやった。スポーツは習ってなかったから、外で遊ぶことが憧れだった。そこから中学の部活に繋がるんやけど、今振り返ると選択や意思決定には過去の影響って大きいんやなあ。

次は中学高校の学生時代を振り返ろうかな。

それではまた明日〜



 

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