「特金」とは(その1)
「特金」(とっきん)という言葉を聞いたことがありますか?
信託業界や運用業界では良く聞く言葉ですが、一般にはなじみがないかもしれません。
筆者が最初にこの言葉を聞いたのは、職場の先輩からでした。
「いわゆる特金ね」
と言われ、
「”トッキン”って何だ?」
と思ったのを覚えています。
業界内でもこの言葉はかなりアバウトに使われています。何でもかんでも「特金」と呼んでいるように感じます。
「特金」は、法律用語ではありません。よって、厳密な定義があるわけではなく、またその必要があるとも思いません。
ただ、「特金」という言葉を用いる際には注意が必要です。
また、相手が「特金」という言葉を使ってきた場合、どういう意味でその言葉を用いているのか必要に応じて確認すべきです。
さもなくば混線の原因になりかねません。
以上を前提に、「特金」の意味を探っていきたいと思います。
最初に、信託の分類について説明します。
預ける財産が金銭である信託のことを「金銭の信託」、預ける財産が金銭以外である信託のことを「ものの信託」といいます。
そして、「金銭の信託」のうち、信託終了時に金銭で交付する信託を「金銭信託」、現状のまま交付する信託を「金外信託」といいます。
分かりやすく言えば、前者は入口が金銭かそれ以外かの分類であるのに対し、後者は出口が金銭か現状有姿かの分類です。
「金銭の信託」と「金銭信託」は、「の」が入っているか否かの違いだけですが、このように大きく意味が異なるので注意が必要です。後で述べるとおり、ここが「特金」の意味範囲に大きく影響してきます。
これとは別に、運用方法に基づく分類として「特定」と「指定」があります。
「特定」は運用方法が特定された信託、「指定」は運用方法が指定された信託です。
「特金」はいかなる意味においても「特定」の運用ですので、この点はここではこれ以上深入りしません。
「特金」が略称であるのは明らかです。
問題は、何の略称であるか、具体的には「特定金銭の信託」と「特定金銭信託」のいずれの略称であるかです。
上記のとおり、「金銭の信託」は「金銭信託」と「金外信託」を合わせた概念です。よって、「特金」を「特定金銭の信託」の略称とするなら、「特定金銭信託」と「特定金外信託」を指す(つまり「特定金外信託」も含む)ことになります。
「特金」という言葉に対してどのような説明がされているか、見ていきたいと思います。
まず、広辞苑では、第5版(1998年発行)から「特金」の用語を掲載しており、以降、最新版である第7版(2018年発行)まで、一貫して「特定金銭信託の略。」との語釈をつけています。
広辞苑と真逆の記述をしているのが、三菱UFJ信託銀行編著『信託の法務と実務【6訂版】』(きんざい、平成27年)です。
同書では、「特金」は「特定金銭の信託」のこと(筆者注:「特定金銭信託」と「特定金外信託」のこと)、と記載されています。
一方、大辞林では、第2版(1995年発行)までは広辞苑と同様に「『特定金銭信託』の略。」とされていましたが、第3版(2006年発行)で語釈変更が行われ、「特定金銭信託と特定金外信託のこと。多くの場合、特定金銭信託をいう。」とされました。
変更後の語釈は、最新版である第4版(2019年発行)でも維持されています。
また、経済法令研究会編『四訂 信託の基礎』(経済法令研究会、2012年)では、「特金とは、・・・特定金銭信託を略したものですが、一般的には特定金銭信託と特定金外信託をあわせて特金とよんでいます」と記載されています。
このように、いずれも著名な書籍であるにもかかわらず、「特金」の説明にはばらつきがあります。
「特定金銭信託」の略称との理解を基礎とするのは、広辞苑と『四訂 信託の基礎』です。
一方、「特定金銭の信託」の略称との理解を基礎とするのは、『信託の法務と実務【6訂版】』と大辞林です。
特に、大辞林が第3版(2006年発行)で語釈変更を行ったうえで現在の記述としている点は、興味深いところです。
なお、ネット上の用語解説では、「特金:『特定金銭信託』の略称」と記載されていることが多いです。
また、1980年代の投資顧問ブームの最中に発行されたジャーナリスト赤根竜二氏の著書には、「”トッキン”(特定金銭信託)」「兜町では、いわゆる特金も金外(信託)も、広義の”トッキン”ということでいっしょくたにされている」と記載されています。
以上を前提に筆者なりの認識を述べますと、まず、「特定金銭の信託」を”トッキン”というのは語感からして違和感があり、「特定金銭信託」を”トッキン”と言い表す方が、いかにも日本人的な略語の創造という感じがして、しっくりきます。
もともとは「特定金銭信託」の略称だったのではないか、と思っています。
当時は、出口が金銭か現状有姿かの区別(「特定金銭信託」か「特定金外信託」かの分類)にさして大きな関心はなかった、そういうこともあって、厳密な区別なく「特定金外信託」を含めて”トッキン”と呼ばれるようになっていったのではないでしょうか。
「特定金外信託」を含めるとなると、それはすなわち「特定金銭の信託」ということになり、”トッキン”はこの略語のようにも解釈できる、これが一般的な区別のない用いられ方と相まって、「特金は『特定金銭の信託』の略称」との説明が出てきた、というところではないかと思います。
「特金」は、法令用語ではなく一般用語ですので、そのときどきの用いられ方で意味内容も移ろいゆくものです。もとよりどちらが正しいというものではありません。
それにしても、混乱の一因が「金銭の信託」と「金銭信託」の言葉の類似性にあるのは間違いありません。「の」が入っているか否かだけで信託の分類を示そうとするところに無理があります。
「の」が入っていれば入口の話、「の」が入っていなければ出口の話なんて、誰も分かりませんよね?
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