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『若冲』 澤田瞳子

その人がどんな人だったのか、私は知らない。京都の青物問屋の長男で、家業を継ぐことなく、お金だけ使って絵に没頭した人。野菜や鶏、付喪神、当時の日本では見ることのできなかった象などちょっとユニークな題材を、驚くほど細かく、色鮮やかに描く絵師、伊藤若冲を。

京都のお墓参りに行ったり、東京から福島まで伊藤若冲展に行ったりするくらいに伊藤若冲が好きだが、これまで人柄を考えたりしなかった。この本は伊藤若冲を主役に据えた歴史小説である。円山応挙や、若冲の代表作「動植綵絵」といった実在の人や作品を交えながら、話は進んでいく。Wikipediaによると妻を娶ることはなかったそうだが、この小説の中では少し違う。

「どうして若冲は当時の主流とは異なる画風で、執拗に細かく色鮮やかに絵を描いたのか」「人はどのようにして絵描きになるのか」「友人でもなく、家族でもなく、そのずば抜けた感覚と世界を共有できるのは誰なのか」というようなことが綴られている。家が裕福だからといって、絵を描くことに専念できた幸せな人生だったとは限らないし、絵に凄みを増す愛憎や葛藤の絵が描かれ方はなるほど、と思う。とても面白い小説だ。

私はこの小説との距離感がわからないでいる。例えば織田信長を主人公にした小説やマンガはたくさんある。だから、それぞれの織田信長像を「フィクション」として受け取ることができる。一方、若冲はそこまでではない。そして私は若冲についてそこまで詳しくないからこの小説が史実なのか、そうでないのかわからない。若冲は結婚していなかったと記憶していたが「あれ、奥さんいたんだ?」と思ってしまった。これから絵を見るときに、小説のフィルターを通して感じてしまうだろう。他の歴史小説だったら、特定の人物を小説の人として見ることにあまり抵抗がない。例えば司馬遼太郎の『峠』の主人公である河合継之助を史実と照らし合わせることに私はさほど興味がない。司馬遼太郎フィルターのかかった河合継之助で、それでいい。でも私にとって若冲は違う。私は彼の絵を自分の感覚で見たいし、史実をそのまま受け入れたい。若冲については、私は思い入れがありすぎる。

先に書いたように、この本はとても面白い小説。勝気で暴れん坊、成り上がり…といった小説の主人公にあまり向いていなさそうな若冲を主役にしながらも、葛藤、成長がある。そして当時の京都の様子を知ることもできる。戦国武将とは違ったタイプの歴史小説、そして絵描きの心情を知りたい人にはとてもおすすめ。

178.『若冲』 澤田瞳子

2020年読んだ本(更新中)
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2019年読んだマンガ:86冊
2018年読んだ本:77冊
2018年読んだマンガ:158冊

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