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燕三条で活躍する若者・鍛冶屋

福田 恭子

全く縁がなかった燕三条にきて以降、この地域では同世代の20~30代で活躍している人と多く出会ってきました。お友達もたくさん出来ました。

今回は燕三条の中でも鍛冶屋さんとして活躍しているお友達3人をご紹介します。

平木鋏製作所 研修生 秋元純也さん

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■燕三条に出会うまで
埼玉県出身の秋元さん。中学生の頃に本で「鍛冶屋」という仕事を知り、いつか自分がものを作って、のちに伝えていく仕事をしたいということを感じたとののことです。

工業高校卒業後、前職で研磨の仕事をしたのち、鍛冶屋になるために、全国の刃物産地を巡っていたときに新潟県三条市に出会います。
三条市の職人さんと出会い、話をして、この三条で暮らしたいと、仕事を決める前に、思い切って移住をしてきてしまった!というパワフルな方。

■今のお仕事
越後三条鍛冶集団の研修制度に合格後、今は平木鋏製作所で勉強しながら、鍛冶屋としての人生の道を歩み始めています。

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魅力を伝えたいと思っていたが、三条市の魅力を今後も残していくことが自分の役割だという。一言で「鋏」といっても紙、園芸、髪の毛など切るものによって形は異なり、綺麗さや切れ味が変わってくるというもの。

秋元さんは鍛治を勉強する中で「鋏」の面白さに気づきました。包丁は一本で一丁、鋏は二本で一丁。だから簡単にいえば手間は二倍の品物でもあります。

ただ秋元さんは「手間が二倍ということは、それだけ確実に過程を踏んでいて。鋼一枚一枚に思いを込めるほど貴重な商品である」と語ります。お話ぶりから本当に、鍛冶屋のお仕事が好きなんだろうなとじわじわと伝わってきます。

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今回は「からくり」という二つの刃を一つに組み合わせる工程。秋元さんが組み立て、親方が最終調整をするという絶妙なリズムで製造を進めていました。

■秋元さんが感じる燕三条の魅力とは?
場所よりも人だと思います!TREEもそうだし、他の若い人たちが集まる場所も、「常に誰かいる場所」が街にはあって、場所に面白さを見出すというより誰と出会うかが自分はとても楽しい。

特に自分は小さい工場で働いていて職人さんたちの経験談以外に同世代とお話しするきっかけがなかったところ、TREEで開催されたイベントに参加しました。きっとこういった場所に来てもらえれば、燕三条っていいなと感じてもらえると思います。

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三条製作所 研修生 稲垣良博さん

■三条と出会ったきっかけは?
包丁鍛冶屋になる夢を叶えるために、三条に来ました。
小学校の頃テレビで包丁鍛治の番組を見て、幼いながらに「火を使って、包丁を作る」という鍛冶屋の仕事に憧れました。

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中学になってもずっと夢は忘れられず、岐阜・関、高知・土佐など刃物産地を巡っては色々な工場を回りました。

高校3年生の夏休み、刃物の産地としての三条にも見学に。1泊2日で色々な工場を案内してもらい、「包丁だけでなくて色々な鍛冶屋さんが集まっていること、そして会う人みんなとっても優しいこと」が気に入って、三条で働こうと決めたそうです。

■今の三条でのお仕事は?
三条市が運営する「新規鍛冶人材育成事業」に見事合格。2019年4月の高校卒業後から、三条で働きながら鍛治の勉強をしています。

最初3ヶ月間は、三条にいる12人の鍛治伝統工芸士の方から毎日基礎知識を学び、工場に行って勉強し、鍛治の基本をとことん学びました。その時に出会ったのが、今働いている三条製作所の水落さんでした。

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地域と全くゆかりがなかった中で、出会った三条の伝統鍛治。そして伝統工芸士の三条製作所・水落良市さん。

■鍛冶屋の仕事に就いて1年。お仕事はどうですか?
わからなかったことがわかるようになってきて成長したなと思う部分もありますが、ほとんど上手くいかない。まだまだこれからとのこと!

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■親方・水落良市さんにもお聞きしました。
私たちが鍛冶屋に就いて1年目だったときだって、何もできなかったですよ。私たちの仕事はすぐに覚えられるものではなく、簡単に誰でもできたらその製品は大したものではないね、と語ります。

水落さん「稲垣くんにもできるところを少しずつ渡しているところです。最終的に私が手直しできる範囲で、製品づくりを自分でやってみることからですね。」

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高校卒業から1年、やっと一人暮らしや鍛冶屋の生活リズムに慣れてきた様子。この地に受け継がれる伝統的な技・志が、まさに若い世代へのバトンが渡されようとしています。これからの三条製作所、より一層ご注目ください。




福田 恭子