これからの稽古場について

労働施策総合推進法の改正が行われた
大企業は2020年6月1日から、中小企業は2022年3月31日までの努力義務期間を設けた上で2022年4月1日からパワーハラスメント対策が義務化される
いわゆる「パワハラ防止法」である
え?それって当たり前じゃないの?って思う人もいるかも知れないが、日本ではパワハラについての法律上の定義はなかった
今回はその定義づけが行われたのである(ちなみに罰則規定はない)

僕は個人事業主なのだけど、それでも演出家という役割であり、演劇の現場においてはかなり権力を持ってしまう役職にある
これは個人的に持ちたいと思う、思わないに関係なくそうなってしまうのである
加えて、男性でもあり、三十路でもあるので
年齢的にも性別的にも役職としても気をつけなければいけない立場にある

また、近年演劇の業界内でもパワハラ、セクハラの横行が問題視されている以上はしっかりと学び、防ぐための方法を知っておく必要があるのではないか?と思い勉強してみた

さて、今回の労働施策総合推進法の改正で定義づけられたパワーハラスメントは

1 優越的な関係を背景とした
2 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
3 就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)

この3つの要素を全て満たすことが条件となっている

これから施行される法律なので厳密な法解釈がまだないのではあるが優越的な関係を背景としたは人事権、あるいは上司であるというようなステータス的なものはもちろんのことながら、何らかの技術面で得意なことがある等も含まれるようである
つまり、自分の方が役職的に下だったとしても能力としての優位性がある状態であればこの項目に該当する可能性がある

二つ目の業務上必要かつ相当な範囲の定義は不明であり、どうやって判断するのだろうか?という感じなのだけど
これが社内の風潮によって左右されていては法律の意味がないのでどこかで決まるのだろうか?

三つ目はもう完全に攻撃を加えたということである
代表的な6つの行為として挙げられているのは

1身体的な攻撃
2精神的な攻撃
3人間関係からの切り離し
4過大な要求
5過小な要求
6個の侵害

である
もちろん、この6つ以外のものであってもパワーハラスメントとして認定される可能性があるとされている

で、今回僕がこの法律について書いているのはこれを周知することが目的ではなくて(って言うか、普通もう知ってるよね)我らが演劇業界にあるパワハラの常態化について思うことがあってのことだったりする

演出として、あるいは俳優として演劇というものに関わってきた中でこのパワハラというものは本当に常態化している
当たり前にありすぎてもはや見落としてることも多いぐらいのレベルだと思う
もちろん、少しずつ改善していこうという動きが出てきているのは間違いないのだけど、なんとなく伝統とか、ずっとそうやってるからみたいな理由で無意識・無自覚に放置していたりする

演出家になってから気づいて辞めるようにしていることの一つに「俳優に過去の経験について聞く?」というのがある
演技をする、あるいは表現をするということにおいて俳優一個人の経験というものはすごく大きなエネルギーを持つことがある
特にミュージカルの世界においてはコーラスライン(英題 A Chorus Line、1975年初演、マイケル・ベネット原案・振付・演出、マーヴィン・ハムリッシュ作曲)のように俳優(あるいはダンサー)の個人的な話を集めて脚本にしたような作品もある
僕も2013年の劇団四季での上演に出演していたが、稽古場においてはやはり演じている俳優の個人的な話について言及されるような瞬間もあった
そして、僕自身もその環境について特に疑問を持っていなかったのも事実だ
なんていうか、稽古場ってそういうものだった

なので、演出家になったばかりの頃はこの手の質問をしていたこともある
だが、今はしないように努力しているし、ついしてしまった時は「答えなくて良いよ」と言って話を進める
理由としては単純に必要がないことに気づいたからである

そもそも俳優の仕事は与えられた状況の中で行動することである
で、あるなら演出家がすべきは状況を与えることである
このための方法は色々あるとは思うのだけど、僕がいつもやるのは物語について語ることである

これは何が起こっている話なのか?
この直前には何があったのか?
このキャラクターは過去にどういう体験をして、どういう風に考えている、あるいは感じているのか?

基本的にはこれで十分である
俳優は演出家が思っている以上に物語を進める力を持っている
物語の構造さえ理解すれば自然と演技が変化するというのがここ数年で僕が俳優から学んだ重要なことである

もちろん、複雑なキャラクターを演じることを要求することもある
あるいは俳優自身が理解しにくいシーンを演じる場合もある
そんな時は違う方向からのアプローチを試してみれば良い

基本的な演技ワークであったりだとか、何か状況をメタファーして話してみても良い
仮に個人的な話をするにしても、それは演出家の個人的な話程度に抑えるようにしている

まぁ、もちろん絶対的な正解があるものではない
演劇の世界は同じメンバーで演じるということがないことが多いが
逆にいえば演出をしている時に出会う俳優は作品ごとに違う
もちろん、何度か一緒に仕事をすれば二人の中での関係性において演技を構築することができるようになっていくかも知れないがそれと同じ関係性を別の俳優に求めることは違う

「演劇人はまず社会人であれ」
これは故人の浅利慶太先生の言葉である

今回の法改正はアーティストの現場に対して施行されるものではないが、演劇という芸術が一人の力では成り立たない以上はこの法律や問題について知っておいて損はないと思う
上にあげた6つの項目のうち、1〜3は論外にあってはならない行為であると同時に、過大な要求はもちろんのことながら、過少な要求、つまり俳優を信じないこともよくないことだと思う
そして、6の俳優の個について私たちが知っている必要はない(もちろん、話したいと思って話してくれることにはしっかりと耳を傾けて聞くべきだ)

伝統的なやり方に学ぶべきことは多い
しかし、演劇は継承していかなければならない
そして、継承とは時代と共に変化し続けることでもあると思う
完璧にできなかったとしても、気を付けることはできる
新しいやり方に挑戦すれば新しい演劇が見えてくるのではないか?とも思うのである

無理に気負う必要はない
リラックスしていつもと同じように稽古場に行こう
そして、いつもと同じように、俳優と、スタッフと共に一つのカンパニーとして演劇を創れば良いのだから

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