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土になる (12)


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 2020年6月16日、畑53日目。
 朝から原稿を書き終えて、すぐにロングパンツを作りはじめた。ショートパンツでは畑仕事をしていても、虫に食われたり、草にまけたりするからだ。作り方はショートパンツと同じと、友人のデザイナー、シミが教えてくれたのでやってみることに。気に入っているパンツがあるので、それを元にまずは型紙を作っていく。使う生地は、アイリス色のリネン。型紙通りに部品を切り取って、もう慣れたもんである。前見頃にポケットを縫って、ポケットを作り、後ろ身頃とくっつけて、右と左をくっつけて、腰巻きをつけて、腰紐を通して、裾を縫う。これで完成。二時間でパンツ一本、作れるようになった。少しずつだが、なんでも作れるようになっている。成長するに従って、生活水準をあげるのではなく、自分の水準をとことんあげていく。今じゃ、最高のギターを買うんじゃなくて、最高のギターを作るようになった。

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 昨日、熊本市現代美術館で自作ギターで演奏したが、いい感じだった。スーホの白い馬に憧れていた僕なので、自分で奏でる楽器を自分で作るのはとてもしっくりいった。そして、それがびっくりするほどいい音で、でも自分で食べるものを自分で作るようになって、それがめちゃくちゃおいしいことを知っているから、そりゃそうだと思った。自分が着る服も、やっぱり自分で作った方が体に合う。不思議だけど、それが当然なのだ。この前、僕は革靴も自分で作ったのだが、革靴なのに、いっさい靴擦れとかしなかった。靴擦れは人が作った靴を履くからなるんだと思う。それはあらゆることに共通するのかもしれない。腹を壊すのは、人が作ったものを食べているからかもしれない。畑をはじめて、胃腸がすこぶる調子がいい。快便だ。自分が使うもの、口にするもの、奏でるもの、それらを全部自分で作れるようになりたい。つまり、僕は自分の家を自分で作るってところに向かっているんだと思う。衣食住の衣食までは自分で作れるようになった。やっぱり次は住むとは何かということについての実践なんだろう。それは畑をはじめて、土地というものと直接、具体的に付き合うようになったことも大きい。でも、僕は何をしているんだろう、なんでも自分で作るってことは一体なんなのだろう。まだよくはわからない。楽しいからやってる、に尽きるんだけど、でもなんなんだろうなあと最近よく考える。

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 ロングパンツをはくと、やっぱり気持ちいい。
 福岡正信さんの『わら一本の革命』を読んでみた。自然農をする人にとってのバイブルみたいなものなのだろう。福岡さんは耕さない。草も取らず、肥料もあげない。種も撒くだけだ。僕の隣のアオキさんはそんな方法を試しているのか、福岡さんについてはアオキさんから教えてもらった。僕が通っている畑ではいろんなやり方を試している人たちがいる。アオキさんは完全自然農、シミズさんはしっかりマルチを敷いてちゃんと収穫する本格派、ヒダカさんの畝にも草はほとんど生えていない。僕はマルチもしているが、麦わらも敷いている、草を取る時もあるけど、バリカンスタイルで、チョビチョビは生えている。でもやっぱり畝はあったほうがいいなあと思うし、でも草も生えていた方がなんとなく心地いい。でも完全に草取りをしないってのもちょっと違うような気がする。そもそも僕が種を撒いたり、苗を植えたりしている時点で、自然ではない。僕の意識が入り込んでいる。
 ふと、僕は多摩川で20年以上暮らしている船越さんのことを思い出した。彼はいわゆる他の人が見ると、路上生活者ってことになるんだと思う。実際に家が建っているところは、多摩川の河川敷だ。住所はない。でもインターホンはあるし、冷蔵庫もある。母屋と寝室、作業部屋とゲストルームもある。そういえば、野良猫を三十匹くらい育てていた。橋から落ちて怪我をした鳩もいた。船越さんは僕の先生でもある。僕はたくさんのことを船越さんから教わった。それが僕の本を書いていく人生に大きな影響を与えている。僕は一度、船越さんの家に十日間ほどホームステイさせてもらったことがある。今から10年前くらいの話だ。船越さんは、家の前に砂利を敷いている。だからそこは草が生えてこない。船越さんはいつも「自然は恐ろしいもんですよ」と言った。
「自然のままでいよう、だなんて言ってもね、そのまま放置してたら、すぐに全て草で覆われる。東京にあるもんだってどんな建物だって、放っておけば草で覆われて、いつか崩れてなくなってしまうんですよ。残るのはピラミッドくらいじゃないですか」
 そう言いながら船越さんは砂利道の両脇の草をよく刈っていた。
 船越さんは多摩川河川敷で完全自給自足の生活をしていた。食べるものは全部自分で作っていた。つまり、畑をやっていた。果樹園まであった。ここでまた思い出したのだが、僕は今までクワを持ったことがなかった、耕したことがなかったと思ったが、そういえばホームステイをしている時に、畑を手伝えと言われ、新しく草を引っこぬいて、開墾したことを思い出した。あの時は何にもわかっていなかったんだなと思う。また船越さんに会いに行かなきゃとも思った。自分のことを全部自分でやってみる、ということは、僕が仕事をはじめた2004年からずっと研究してきたことだ。当時はまだ何にも知らず、技術もなく、手を動かすことすらやっていなかったけれど、それが少しずつできるようになっているのかもしれない。僕の前にはいつもそうやって、何も知らない僕を助けてくれる賢者のような人があらわれる。ヒダカさんもまたそうなんだと思う。多摩川で生活をしていて、正直言うと、僕はそこで鬱になり、かなり大変だった。だから記憶がとびとびになってしまっている。あの頃を思い出すと、今、こうして毎日畑に行っていることが奇跡のように思える。10年経ってしまったが、今なら、船越さんが言っていたこともわかるような気がする。
 福岡さんの方法は、なかなか完全に受け入れるのは難しいのだが、それでもとても参考になった。福岡さんは、自然に育てるには、麦わら、稲わらを、ただそのまま倒して、敷いておくといいと言っている。それであれば、保水もするし、草も生えない。そのまま堆肥にもなるから肥料もいらない、というわけだ。確かに、麦わらを敷いてみてよくわかったことでもある。カボチャも病気になりにくくなるし。元は麦わら帽子を作ってみたいと思っていたことから、麦わらを鹿児島の農家の人から頂いたのだが、結局、麦わらは全て畑に敷いてしまったのだが、それは間違っていなかったんだと思った。ヒダカさんが羨望の眼差しで、麦わらを見ていたのもそんなわけだ。
 福岡さんの本を読んでいると、僕はどんどん気が楽になっていった。自然農って考えると、なんだか少し堅っ苦しい気分もあるが、つまりは、何にもしなくていいってことでもあるので、それはそれで楽ってことなのだ。草取りもほどほどでいいと思うと、気が楽だし、肥料とかもそんなに念入りにしなくていいと思うとこれもまた楽で、そもそも畝もいらない、耕すこともしなくていい、だなんて、なんて楽なんだと僕は思った。パンツを作る時もそうだが、僕はチャックをつけない。ゴミ紐を通さない、ベルトも通さない、ポケットは前二つ、後ろひとつあればいい。そうやって部品をどんどん減らしていくと、無茶苦茶作るのが楽になる。僕はこうやって楽になることを見つけると、当然だけど、どんどん楽になって、どんどんやる気になる。あれもしなくちゃいけない、これもしなくちゃいけないだとどんどん疲れてしまうが、あれもいなくていい、これも必要ないと言われると、とにかく嬉しくなるし、そんなんでいいならなんでもやってみますと思える。そんなふうに福岡さんの本を読んでいくと楽しいなと思った。この前、ササゲとオクラと唐辛子の種を撒いた時も、適当にパラパラ撒いただけなのだが、しっかりと芽が出た。なんて簡単なんだと思った。福岡さんは穴を指でちょこんとあけて、種を置いて、あとは土を被せずに麦わらで覆えばいいと書いていた。これも興味深い方法だから、今度やってみよう。とにかく僕が感じていることは、畑がいかに簡単かってことである。大事なことは、毎日畑の様子を見に行くことだけだ。
 久々に梅山に電話をかけた。
「おう。畑やってるねえ。いいねえ。おれもやろうと思ってたところなのよ」
「いいじゃん。やろうよ。簡単だよ」
「いやあ、でもやってる姿見てるけど、本気でやってて、感心するよ」
「また先生がすごいからね。付け焼き刃ではなくて、しっかり根元から育てられてる感じがするもん」
「ヒダカさん、いいよねえ。いやあ、坂口さ、いっつもお前は近代をちゃんとフクシュウしてるからすごいよ」
「復讐?」
「いやいや、そっちじゃなくて復習だよ。新しいところに向かっているように見えて、おれには、近代をおさらいしているように見えるね。家とは何か、土地を所有するとは何か、お金とは何か、法律とは何か、国家とは何かって、お前の仕事って、やっぱり、近代が定義したことをちゃんと自分で、単細胞生物から人類にまで発展するように、その起源から遡って、一人の人間でおさらいしているところが面白いんだよ」
「はあ、なるほど」
「で、今は、畑とは何か、土地とは何か、食べるとは何か、ってことなんだろね。だからやっぱりベンヤミンみたいなところがあるんだと思うよ」
「なるほど」
 僕は本棚の前で電話をしている。本棚にはちくま文庫の「ベンヤミンコレクション7」が見えた。適当に手にとって、開くと「社会研究所」と言う言葉が目に入った。
「あ、社会研究所ね。ホルクハイマーが作った」
「へえ、そうなんだ、おれは何も知らない、目に入っただけ」
「お前の場合は目に入ったものから、いっつも何か生まれてくるんだから、それでいいんだよ」
「へえ、社会研究所ってフランクフルト大学の中に作ったんだ」
「そうだよ。あ、そういえば、お前、早稲田大学の教授の試験受けるとか言ってたよね?」
「うんうん、書類がコロナのせいで届かなかったんだけど、教授自ら郵便局に受け取りに行ってくれるとかなんとかで、受け取ってはもらえた見たい」
「ベンヤミンも教授試験受けてるんだけど、これがまた落ちちゃうんだよ」
「そっかあ、じゃあおれも落ちるかもな」
「そうかもね。でも落ちなかったら、研究所作れよ」
「うん。近代をおさらいするための研究所ってことだね」
「そうだよ。熊本で畑をやりながら、東京のど真ん中で近代おさらい研究所をやったら面白いことになると思うよ」
「お前、いっつも面白いこと教えてくれてありがとな」
「いいよ、いいよ、俺たちはいつも水面下ってことだから。あとな、今のお前を見てたら、おれは鴨長明をやっぱり思い浮かべるね」
「それはそうかも。おれの頭には一切なかったけど」
「庵作っちゃうんじゃないの?」
「なんかそんな気もする。最近、畑の近くの土地をついつい探しちゃってるから。しかも、場所をもう見つけちゃった」
「早いね」
「次はおれが考える方丈記を書くんだと思う」
「おっ、それはおれに編集やらせてよ」
「いいよ」
「タイトルは?」
 梅山が聞いてきた。これがいっつも大事なのである。僕は手に持っているベンヤミンコレクション7のタイトルを見た。『<私>記から超<私>記へ』と書いてあった。同時に堀田善衛の『方丈記私記』も頭に浮かんだ。僕はすぐにタイトルが浮かんだ。
「方丈記超<私>記、というのが出てきた」
「最高じゃん。決まりだよ。来月から書いてくれよ」
「わかった」
「じゃあな」
 鴨長明の文章は、ルポタージュのようでもあり随筆でもあり、同時にそれが一つの音楽として聞こえる。僕がやろうとしていることもそれだ。なんとなくいろいろが合致した。こういうことが起きるから、考えると言う行為もまた畑と同じように格別なのだ。そのまま僕は畑へ向かった。

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 畑に行くと、今日も一人だった。最近は梅雨入りしているからか、畑で一人が多い。梅雨と書きながら、あ、梅の雨か、と僕は初めて気づいた。今、梅干しをつけているからか。梅雨が明けたら、干す。こんなことも僕は全く知らなかったのだ。僕は何も知らない。だからこそ、なんでも自分でやってみるしかない。それくらい、僕は幼少の時から何かを経験したという記憶に乏しい。野菜のことも花のことも虫のことも何も知らないのだ。畑を始めてからたくさんの知ったことがある。それはとても嬉しいことだし、僕は自分の中で失ってしまったと思っていた、自然との結びつきを、そもそもそんな結びつきがほとんど僕の幼少時代にはなかったのだ、だから僕は幼少の時間を今、取り戻そうとしているのか。いや、僕が感じているのはそれとは違う。今、畑で自然と向き合っている、戯れている中で、僕が経験しているのは、これが僕にとっての初めての経験ではないと感じていることだ。僕には何かの知覚がある。僕が忘れているだけで、僕も幼少の時、もしかしたら、胎児の時なのか、それよりももっと前のことかもしれないが、何かの自然に触れていた。そのことを思い出し始めている。砂の声を小説にし始めた時にも感じた、あの思い出す感覚が、ここのところさらに強くなっている。それと梅山が言った「お前は近代をおさらいしている」って言葉が頭の中で響いている。
 畑に着くと、いつもノラジョーンズがいる場所を覗く。今日はいなかった。そういえば、昨日は、なんと新入りの猫が現れたのだった。

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 猫に見えない。たぬきに見えた。僕はつい「ポンポコ」って名前をつけた。と言うか、ポンポコお前はお呼びでない・・・。と思いつつ、憎めないやつだ。でもノラジョーンズはどこに? もしやポンポコ、お前が追い出したのか。しかし、見るからにポンポコは控えめと言うか、気弱なやつで、でも餌をあげたら、恐る恐る、食べてた。しかも、昨日、車で帰る時、ずっとブロック塀の上に座って僕を見送りまでしてくれたのだ。かわいいやつ。
 しかし、ノラジョーンズがいないので、落ち着かないが、それでも畑へ。梅雨になったので、土が湿っているので、草取りはできない。畑に来る人はほとんどいないが、それでも野菜は黙って育っている。他の人の畑を見ながら「あっ、きゅうりが育ちすぎてるかも、今、摘んだ方がいいのになあ」なんてことを思うようになった。僕は毎日来てるので、他の人の畑の様子もついつい見ちゃってる。なんだか不思議な知覚が身についている感じもする。あ、これはヒダカさんが僕の畑を見ている感覚じゃないか、ってすぐに気づいた。他の畑が気になるヒダカさんのことが少しだけわかった気分になった。
 梅雨の時の畑って、こんな感じなんだという感覚がある。うまく伝えられないけど、人間たちもしばしの休憩という感じだ。草取りはしなくていいし、野菜もほっとけばすくすく育つ、雨だから作業があんまりできないから、でも草はどんどん元気に育っていて、なんだか適当にしていて、豊かな感じで、悪くない。梅雨が明けたら、また新しい作業が増えるんだろう、と予想もできる。カボチャ、メロン、スイカとすくすく育っている。茄子の葉っぱももう元気になってきた。と思ったら、ヒダカさんの車の音がした。

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 ヒダカさんはいつもの作業服とは違う格好だった。もしかしたら、どこかに出かけたついでに畑を見たら、僕がいたので、来てくれたのかもしれない。人の畑が一番気になる人だから、あり得なくもない。リラックスした感じのヒダカさんはやっぱり自分の畑ではなく、そのまま僕の畑にやってきた。
「朝畑に来たんですか?」
「うんそうやな。朝、作業しとった。カボチャ大きくなってたぞ」
 ヒダカさんはもちろんのこと、僕の畑の出来事は全てご承知なのである。
「これもうすぐ食べられるぞ」
 そう言って、ヒダカさんはカボチャを触っている。
「食べ頃ってどんな状態になるんですか?」
「こうやってね、爪でカボチャの表面を押すんよ。押して痕が残るようだったらまだ。食べころになったら、痕が残らんように硬くなるから」
「わかりました」
 そして、僕の畑をくまなく見てくれた。僕のスイカを見てる時はやっぱりヒダカさん嬉しそうだ。
「ほら、初代スイカは落ちちゃったけど、すぐまた大きくなっただろ?」
「ですね。嬉しいです」
「本当、大きくなったなあ」
 ヒダカさんは猫か、孫でもみるような手つきでスイカを撫でている。僕もなぜか誇らしい気分だ。自分の子供が立派に育つと、嬉しいものだと思った。
「ピーマン、今日、摘んでもいいですかね?」
「その状態でも美味しいけど、二、三日置いてみたら? もっと美味しくなるぞ」
「やってみます」
「きゅうりも明日やな収穫は」
「はい」
 僕が今まで収穫していたのは、ちょっと早かったんだと知る。ヒダカさんはまずは若く生き生きした野菜を食べたらと思って、収穫していいよいと言っていたのかもしれない。こうしたちょっとした細かいことが梅雨を経て、変化していることに気づく。梅雨って本当に大事なんだなあと思った。
「とうもろこしはね、このヒゲが今もちょっと茶色くなってきてるでしょ。全体が焦げ茶になったら、収穫できる。虫がわくから様子見といてね」
「はい!」

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「トマトは四つ、明日収穫やな。こりゃみんなでわけないかんな」
「ヒダカさんもらってくれるんですか? そりゃ嬉しいです。2つ持っていってください」
「違うよ、あんたんとこの家族四人だろう。四つを一つずつみんなで分けて食べなさい」
「あ、、そういうことですね」
 ヒダカさんがあんまり嬉しそうに話すので、ヒダカさんも食べたいと思っていると僕が勘違いしていた。
「本当にしっかり野菜たちは育っとる」
「ありがとうございます。草取りはいつしたらいいですかね?」
「明日、ハサミ持ってきてあげるから、それを使って、バリカンみたいに刈ってみたらいいよ」
「わ、嬉しいです。いつもお世話になります」
 梅雨で二日ヒダカさんに会えなかっただけで、なんだか寂しくなってた。寂しくなってたのは、ノラジョーンズもいなかったからか。
 すると、にゃー、と背後から声がした。
 見ると、ノラジョーンズがいた。僕はついつい声をあげて喜んでしまった。ヒダカさんは笑いながら車に戻っていく。ヒダカさんは全くノラジョーンズに関心を持っていなかったのだが、最近少しずつ変わっているような気もする。「昨日は、あそこにいたぞ」とか教えてくれるようになった。僕は餌を持って、ノラジョーンズのところへ。ノラジョーンズも必死に僕に鳴いているように見えた。腹減ったぞ〜。
「どこいってたのさ」
 僕はノラジョーンズに声をかけながら、首を撫でた、ノラジョーンズはなんと寝転んで、目を瞑って、体を僕の手に押し寄せた。

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 しばらく二人で遊んだ。そして餌を食べ終わって、僕が「また明日ね」と言うと、ノラジョーンズはさっといなくなった。
 ポンポコは明日も来るのかな。家に帰った僕は猫の避妊手術について調べることにした。


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坂口恭平 09081064666
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