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掌編小説「四月のあの子」

 四月になると、居場所がない。
 そういう子どもは、必ずいる。いつの時代でも。
 ほら、たとえばあの女の子。名前は、佐藤さん。放課後、四年三組の教室で、ほおづえをついて窓の外を見ている。
 知っているよ。仲良しだったあの子やこの子とはクラス替えで離れ離れ。同じクラスにはまだ仲良しがいない。
 隣のクラスになったあの子、「帰りは一緒に帰ろうね」と約束してたのに、新学期も三日目になると、新しくできた友達とさっさと帰ってしまってた。
 だからわたしは、声をかける。
「ねえ、一緒に遊ばない?」
 キョトンとしてこちらを見つめてくる。誰だっけ、という顔をして。
「**だよ、*組の。去年、校外学習の時にちょっとしゃべったよね。覚えてない? 佐藤さん」
 佐藤さんには私が言った名前も組もうまく聞き取れなかっただろうし、校外学習の時に知らない子とおしゃべりした覚えなどないはずだ。
 でも、笑顔で自分の名前を呼ばれ、「わたしもまだクラスに友達いないんだ。遊ぼうよ」と誘われたら、たいていの子は断らない。
 
 ――放課後の学校には、秘密の遊び場がたくさんあるんだよ。
 教えてあげる。
 え? ううん、わたし、学校で遊ぶほうが好きなんだ。
 ――ほら、裏庭のつつじ。この木だけ、すごく蜜が甘いんだよ。なんでだろうね、死体が埋まってたりして。ふふ。
 ――音楽室のピアノ、弾いてみよっか。大丈夫だよ、もし先生が来たら、音楽準備室に隠れるの。どの先生も、なぜか準備室は探さないんだよ。ドアの横にベートーベンの肖像画があって、にらまれてるみたいだからかな?
 ――図書室のはしっこの本棚、一番下の段。ハコ入りの全集が並んでるでしょ。実は一冊、中身は空で、トランプが入ってるの。エースの四枚とジョーカー一枚だけだからゲームはできないけど、占いはできるよ。裏向けて並べるから、一枚選んで。ハートのエースはモテモテの日、スペードだとテストで良い点が取れる日。ダイヤは金運最強の日、クローバーなら不思議なラッキーが起きる日。でも、もしジョーカーだったら……え。言わないで? ふふ、こわがりなんだね。

 ……でも何日か遊んでいるうち、一人ぼっちだったあの子にも、新しい友達ができる。
 放課後の教室に行っても、もう誰もいない。
 窓から外を見ると、ランドセル並べて、楽しげに帰ってゆく後ろ姿。
 あーあ、また失敗しちゃった。
 学校の秘密の遊び場、最後の一つは屋上。
 カギがかかっているけど、実は針金の先でこちょこちょしたら、簡単に開くの。
 ――ねえ知ってる? この屋上から飛んだら、天使になれるんだよ。
 そう言って飛びおりてもらうつもりだったのに。
 そうしたら、ずーっと一緒に遊べたのにな。

 また今日も、私は放課後の教室をさまよう。今は子どもの数が少なくなってるんだって。だからクラス数が少ないし、クラス替えもないことがある。
 でも私、知ってるんだ。
 いつの時代だって、居場所がない子は必ずいるの。
 見つけて、声をかけてあげるよ。
「ねえ、一緒に遊ばない?」

(了)

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