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プロ野球阪神が18年ぶりにリーグ優勝した夜、道頓堀で起きた「アレ」、どないして撮ったん? 担当カメラマンに聞きました

阪神タイガース18年ぶりのリーグ制覇から50分後のことだった。

「あ、飛んだ」

撮影した写真を確認。思わずデスクに送ってしまった。
飛び込んだ方があまりにもいい姿勢で、いい顔をしていた。

9月14日、プロ野球阪神タイガースが18年ぶりのアレ(=セ・リーグ制覇)を決めました。その夜、「阪神優勝」のニュースを世界に伝えたのは 、共同通信が配信した1枚の報道写真でした。切り取った瞬間は、胴上げされて宙に舞う岡田彰布おかだあきのぶ監督でもなく、勝利をたぐり寄せるホームランを打った佐藤輝明さとうてるあき選手でもありません。コレです

この1枚が生まれた舞台裏や、この瞬間を撮影することにためらいがあったのかどうかについては、大阪支社の同僚の記者としても強く関心をかき立てられました。そこで撮影した松嵜未来まつざきみきカメラマンに聞いてみました。「アレ、どないして撮ったん?」

そして返ってきたのが、少し意外かもしれないエピソード。一瞬を切り取り、ニュースを伝えるカメラマンの率直な思いを伝えます。

(編集デスクより)今回の投稿は、SNS上で「奇跡の1枚」とも評されている写真がどのようにして生まれたかを読者の皆さんにも共有できればという思いで作られています。危険が伴う道頓堀どうとんぼり川への飛び込みを礼賛したり、助長したりする意図は全くありません。カメラマン本人の葛藤も含めてお伝えできたらと思っていますので、よければ最後まで読んでいただけると幸いです。


■ 自己紹介

こんにちは。松嵜未来です。
共同通信社大阪支社写真映像部に所属するカメラマンです。2019年に入社し、福島支局、本社写真映像部などで勤務し、大阪支社には2020年に赴任しました。
私が報道カメラマンを目指した経緯などは、こちらを読んでもらればと思います。

■ 撮影までの経緯

今年の阪神は、10連勝した8月に早々とマジックが点灯し、9月も優勝を決めた14日まで負けなしでした。マジックナンバーは急速に減っていました。アレの1週間ほど前から、共同通信大阪支社もそわそわし、アレに備えた記者やカメラマンの配置をどうするか、頭を悩ます人の姿が目立ち始めました。

語り継がれる過去のアレを思い起こすと、グリコの看板で知られる道頓堀の戎橋えびすばしは取材対象として外せませんでした。

戎橋は大阪の繁華街「ミナミ」の象徴的な場所 で、これまで 阪神タイガースが優勝した際にも多くのファンが詰めかけました。過去には歓喜のあまり、5000人超が下を流れる道頓堀川へと飛び込んだこともあります

大阪支社同僚記者の解説
2003年9月15日夜、阪神の18年ぶり優勝を受けて、戎橋から道頓堀川に飛び込む人

今回は、地上と高所から2人のカメラマンで撮影することに決まりました。14日の数日前から、先輩が「ロケハン」に動き、戎橋を見下ろせるとある場所に目星を付け、撮影許可も取りました。

■ 実は前日に…

こうして、マジック1の状態で14日を迎えました。私は、当初から決まっているシフトで「泊まり」になっていました。夜に試合が開催されるナイターの場合、道頓堀の撮影は泊まり勤務のカメラマンが担当することになっていました。
つまり、私があの日あの場所でアレを撮ったのは、本当に偶然です

実を言うと、アレの前日の13日、勤務を終え、阪神‐巨人戦を甲子園で観戦していました。球場は絶頂に達していました。「あした甲子園で撮りたかった…」。これが当時の本音です。14日に球場取材を担当する先輩カメラマンをうらやましがりながらも、私が担当する道頓堀で「ええ写真撮ったるわー」と切り替えました。

■ 優勝決定の瞬間

14日は、試合が始まる午後6時にはロケハン済みの場所にいき、カメラなどの機材をセットしました。地上で撮影するのは、後輩の橋爪優典はしづめゆうすけカメラマン。腹ごしらえとして一緒に食べたのは、もちろんたこ焼きです。しばらくは一緒に試合の中継を見て、5回になったところで「群衆に気をつけて、無理しないように」と橋爪カメラマンを道頓堀へ送り出し、私も配置につきました。

大阪・道頓堀に集まった人たち。戎橋の両側に警察官が並んでいた。

試合が動いたのは直後の6回。大山悠輔おおやまゆうすけ選手の先制犠牲フライ、佐藤輝明選手の2夜連続となるホームランでした。勝利が引き寄せられつつあるのと同時に、撮影場所から約100メートル離れた戎橋方向から、歓声が聞こえてきました。みるみる人が増えましたが、戎橋をぐるりと取り囲むように警戒する約1300人の警察官によって、規律は守られているように見えました

警備に当たる警察官

試合は進み、9回になりました。戎橋と道頓堀川の遊歩道にはみっちりと人が集結し、身動きするのすら難しい状況に見えました。「あと1球」なのか「あと1人」なのか、掛け声が3回ほど続いた後 、群衆が沸き上がりました。万歳する群衆の撮影を一通り終え、「六甲おろし」の大合唱を聞きながら会社に写真を送ります。ちなみに、橋爪カメラマンはこの時点で一足早い道頓堀でのビールかけに巻き込まれ、ビールまみれになっていたそうです。

松嵜カメラマンが送信した写真

■ そして、その時

写真送信を終えて一息つき、戎橋方向を見てみると、優勝が決まった時より群衆は減っていました。
「あとはトラブル警戒かな」
少し安心しました。その後、400mmの望遠レンズで覗いていると、道頓堀川の遊歩道で川から引き揚げられる人が見えました。「あぁ、飛び込んだのか…」

戎橋の上では引き続き、川に飛び込むのを警戒して、両サイドに隙間なく警察官が並んでいます。その間で二つのグループが輪になってアレを祝う「2次会」が行われ、各選手の応援歌を次々に絶叫します。

「カオス」
その言葉以外、思い浮かばない状況です。

この状況を、写真1枚で表せないものか。

そう考えて、アングルを頭の中で考えていたときでした。


「あ、飛び込む」

そう思ってシャッターを切った時には、

レンズの先の人影は、遊歩道から浮かび上がっていました。

シャッターを押したのは10カットです(下の写真はそのうちの3枚)。

そして、配信された写真は、この1枚です。使っていたSONYのα1には、遊歩道から撮影するカメラマンの「もらいストロボ」を受け、海老反り姿勢のはじけんばかりの笑顔が映っていました

■ 再び、同僚記者より

松嵜カメラマンの体験談はいかがでしたでしょうか。写真は、共同通信大阪支社のX(旧ツイッター)に投稿されると、またたく間に拡散されました。17日現在、4000万インプレッション、12・5万いいね、4・5万リツイート。国際的な影響力を誇る米ニュースメディアABCのアカウントは、松嵜カメラマンの写真とともに”JUMPING FOR JOY” “the Dotonbori River”などの言葉を添えて投稿し、通常の投稿の100倍以上のインプレッションを稼いでいます。

個人のXアカウントではこんな投稿がありました。

構図がめちゃくちゃ綺麗

芸術点が高い

これがプロの力か

一方で、否定的なコメントもあります。

こういう報道の仕方がダイブを助長している

マスコミは「飛び込んではいけない」ということを報道すべきだ


実際、事故を防止するため、行政や警察は繰り返し飛び込みをしないよう呼びかけていました。そうした状況の中で、松嵜カメラマンにも葛藤があったと言います。

カメラマンの取材では、どれだけ多くの写真を撮っても、デスクに送るのはそのうち数枚です。どのコマを送るかの判断と責任は一義的に現場カメラマンが担っています。あの写真はお蔵入りとなっていた可能性もあるのです。

正直、撮影前までは飛び込む人を撮影しても写真を会社に送るつもりはありませんでした。警察から注意喚起が出ているように危険な行為なので、推奨できるはずもありません。何か大きなトラブルが起きてしまい、必要に迫られた場合だけ送ろうと思っていました。ですが、レンズの先の彼は、あまりにも幸せそうな顔をして飛んでいました。警察官が戎橋を完全に封鎖する中、遊歩道から、手足をきれいに伸ばし、飛んでいきました。この写真を会社に送らない選択肢は、当時も今も、私の中にはありませんでした。

(松嵜カメラマンの思い)

入社時にこんな言葉を習いました。

「ニュースは歴史の第1稿」

あの日あの時、何が起きていたのか。誰かが記録しなければ、いつか忘れ去られてしまいます。少し大げさな話かもしれませんが、私たちは現場で逡巡しながら、そんな使命感を持って仕事に向き合っています。

橋の上で万歳する大勢のファン、必死に警備する警察官、飛び込む人を写真に収めようとする人々、そして、警備をかいくぐって夜の道頓堀川に飛び込んだ男性。松嵜カメラマンの写真は阪神ファンが待ちわびたアレの夜に、大阪の街で何が起きていたのかを確実に記録に残したのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、松嵜カメラマン自身、あの一瞬を撮影できたことは「カメラマン冥利に尽きる」と感じている一方で、道頓堀川への飛び込みは大変危険な行為なので、絶対にやめてほしいと思っています。われわれ大阪支社全職員共通の思いです。

以上が、あの夜世界を駆け巡った1枚の写真の背景にある物語の一端です。あの写真同様、多くの方にこの記事が届いていれば幸いです。もちろん、今シーズンの阪神はアレで終わりではありません。岡田監督が命名権募集中のソレ(日本一)に向けて、今後はクライマックスシリーズや日本シリーズが控えています。共同通信のカメラマンや記者たちは、ソレに備えて、今日もまたそれぞれの取材現場に繰り出します。

共同通信の写真やニュースに興味が湧いた方は、ぜひInstagramも。写真部運営kyodonewsと大阪支社kyodonews_osakaの公式アカウントあります。

<ご意見、ご感想を是非お聞かせ下さい>

〈こちらは、共同通信の加盟紙、神戸新聞さんのnoteです〉