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家事事件の現場から(2)

 私は、日本の地方都市で15年の弁護士経験があります。取扱っている案件は、DV、離婚、児童虐待、性被害などが多いです。

 特に、DVと児童虐待が併存しているケースを多数経験しています。相談者から話を聞くと、夫から妻に対する身体的暴力、経済的暴力、性的暴力、精神的暴力のいずれもが認められるケースがほとんどです。しかし、身体的暴力については発生からある程度の時間が経ってしまっており、打撲やかすり傷程度の怪我で済んでいるため、妻自身に医療機関を受診する、写真を撮るなどの証拠保全をするという発想がないこと、その他のDV(経済的暴力、性的暴力、精神的暴力)については保護命令の対象となっていないことやそもそも証拠の確保が難しいことなどから、裁判所にDVであることを認めさせること自体非常に困難です。

 そのようなケースでは、夫(父親)から子どもたちに対する虐待が同時に起こっている確率が高いです。妻(母)は、反復継続する夫(父親)からの攻撃により、身体的にも・精神的もかなり弱ってしまっているため、夫(父親)の子どもたちに対する虐待の疑いがあっても、無意識に、場合によっては意識的にこれを見ないふりをしてしまいます。場合によっては、子どもたちを夫(父親)の攻撃の対象とすることで、自分(妻・母)が逃れようとしてしまっているケースすらあります。

 子どもたちはギリギリまで我慢するも、ある限界が訪れた時に、母に「もう逃げよう」「離婚してほしい」と訴え、これをきっかけに母が現実を受けとめ、逃避を決意するというケースです。私は、子どもたちの言葉で目が覚めたという妻(母)の言葉を何度も聞いています。このような場合、夫(父)に真正面から別居を申し出ても、頭ごなしに拒否されるだけでなく、更なる激しい攻撃を受けることが目に見えています。母子には、夫(父)の不在のタイミングを見て、逃避するという選択肢しかありません。

 児童相談所は、父母が同居中に母に対するDV、子どもたちに対する虐待の事実を感知していても、母子が逃避したあとは、子どもたちに対する虐待リスクはなくなった!?と判断し、基本的に支援の対象から外します。母は、住まい、生活費、仕事などを全て捨て去って子どもたちを守ることを要求されますが、DV被害により精神的にも身体的にも弱り切っている状況でその決断を下すのは容易なことではありません。母が母子逃避の決断ができない場合には、児童相談所が子どもたちを一時保護しますが、そうなれば将来にわたり母子が一緒に生活することができなくなったり、母子再統合まで数年単位の時間がかかるケースも多く、その間、子どもたちは親子間の愛着形成ができないまま、成人後も父母の問題を引きずって生きていかなければなりません。

 また、逃避した後も、離婚調停・訴訟、面会交流など、何年にもわたって夫(父)、ケースによっては状況をなかなか理解できない裁判所によって、何度も何度も裁判所に呼び出され、過去の被害の状況を尋ねられるなどリーガルハラスメントを受け続ける結果となり、母子の生活の自立や安定は阻害され続けます。裁判所の調査官調査は基本的に親からの聴取1回、子どもからの聴取は1回、短い家庭訪問1回のみで結論が出され、およそ当該家庭に生じている課題を的確に把握していないと思われる報告書も珍しいことではありません。

 日本では、児童虐待の件数に比べ、児童相談所等の児童福祉に関する体制が極めて脆弱です。児童相談所は、基本的に子どもの生命身体に重大な被害が生じるおそれがあるケースでしか、機能しません。本来であれば、DV逃避の母子にはその被害回復と自立のために手厚い支援がなされなければならないはずなのに、妻(母)の代理人弁護士が1人で、法的支援だけでなく、福祉的支援や母のエンパワーメントまで担い、かつ、夫(父)からの法的手続きを利用した攻撃から守らなければならない状況です。

 家庭裁判所の調査において、子どもたちが虐待者である父との面会交流に拒否した場合、夫(父)から片親訴外症候群を主張されることは珍しいことはありません。私の担当したケースでは、子どもが明確に父親への恐怖感、拒否感を述べたケースにおいて、試験的間接交流(父からの手紙を子どもに渡す)と3回の調査官調査が実施されましたが、その度に子どもが問題行動(学校内・家庭内で暴力をふるう、不登校になる)を起こしました。一審の家庭裁判所は、2年半の調停及び審判手続を経て、当面の間、直接・間接を問わず、父子の交流は実施すべきではないとの判断を下しました。一審の裁判所に母子のおかれた状況を理解してもらうのに実に2年半の年月を要したのです。しかし、夫(父)は、裁判所の判断や児童精神科医の意見書を無視して、父子の別居から2年以上が経過しているのに父親への拒否感から問題行動が出るのはおかしい、別居後の妻(母)の養育及び精神状態に問題があるからに他ならない、夫(父)が養育に関与すれば問題行動は改善されるはずだと主張し続けています。

 児童虐待の現場で、行政の支援もほぼなく、妻(母)が全力で子どもを守る行動が「連れ去り」だとか「誘拐」などと不当な非難をあび、さらにDV逃避の母子を精神的にぎりぎりまで追いつめているというのが日本の現実です。

(シナモンカフェ)

                                      

 

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