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評㊷土俵と岩井秀人『阿修羅のごとく』@シアタートラム、8000円

 向田邦子作『阿修羅のごとく』@シアタートラム(三軒茶屋)、全席指定8000円、ヤング券3800円、2時間(休憩無し)、9/9~10/2(兵庫公演10/8~10/10)。パンフ1500円(未購入)。
 知人に誘われ、有名作品だしキョンキョンが出るんだ、じゃ観るか~、安藤玉恵は期待!、小林聡美はどんな感じかなくらいの事前情報で行く。

 ※以下、観劇後に検索した情報などが混在
 出演:小泉今日子(56)、小林聡美(57)、安藤玉恵(46)、夏帆(31)、岩井秀人(48)、山崎一(64⇒公演中に65)
 脚色:倉持裕(ゆたか)(49)劇作家、演出家。2004年には「ワンマン・ ショー」で第48回岸田國士戯曲賞受賞。
 演出:木野花(74)女優、演出家。アングラ時代、劇団青い鳥結成・退団。最近は、ちょっと癖のありそうなおばあちゃん役で、テレビドラマや映画でよく見かける
 制作協力:大人計画
 企画・制作:有限会社モチロン

舞台化は2004年、2013年に続き3回目

 テレビがまだお茶の間の主役だった頃を知る、一定の年代層以上には有名な向田邦子作『阿修羅のごとく』。黒電話、赤い公衆電話、新聞、が重要な役割を果たす、まさに昭和の作品だ。

 Wikiによると、1979年、80年(続編)にNHKでドラマ放送(演出:和田勉)。脚本を向田が文庫化(80年向田が直木賞受賞。81年向田は台湾で取材旅行中、飛行機墜落事故で死去、51歳)。2003年に映画化(森田芳光監督)。舞台化は2004年(脚本:小池倫代、演出:西川信廣)、2013年(脚本:瀬戸山美咲、演出:松本祐子)に続き、今回が3回目。私はNHKドラマしか観ていない。
 NHKドラマを観た人の大半は、あの楽曲が耳について離れないだろう。♪ズンチャ、ズンチャ、ズンチャカチャッチャ♪ トルコ共和国(オスマン帝国)の伝統的な軍楽(メフテル)の行進曲「ジェッディン・デデン Ceddin Deden」(「祖先も祖父も」又は「祖父も父も」)。今回公演ではこの楽曲は登場せず。

奔放な長女、平凡な次女、地味な三女、蓮っ葉な四女

 4姉妹物語。夫と死別し他人の夫と不倫する奔放な長女・綱子平凡な主婦の次女・巻子男っ気がなく地味で真面目な図書館司書の三女・滝子、ボクサーと同棲するやや蓮っ葉な四女・咲子。4人の父の浮気発覚、それを調査した興信所員勝又と滝子の恋愛、巻子の夫鷹男の浮気、ぐらぐら煮えたぎる暗い嫉妬に倒れる母ふじ……等の物語が、向田が繰り出す台詞による闊達な会話劇で展開。

 4姉妹配役は1979NHK⇒2003映画⇒2004舞台⇒2013舞台でこう変化。
 長女綱子 加藤治子⇒大竹しのぶ⇒山本陽子⇒浅野温子
 次女巻子 八千草薫⇒黒木瞳⇒中田喜子⇒荻野目慶子
 三女滝子 いしだあゆみ⇒深津絵里⇒秋本奈緒美/森口博子⇒高岡早紀
 四女咲子 風吹ジュン⇒深田恭子⇒藤谷美紀/細川ふみえ⇒奥菜恵

 4姉妹の中で舞台回し役は次女・巻子。表面上平凡な役に2003映画では黒木瞳、2013年舞台では“魔性の女”その1ともいえる荻野目慶子(不倫相手の映画監督が自宅で自殺)だったk。はー。奔放な長女の配役はまあ予想の範囲内。地味な三女・滝子に2013舞台では“魔性の女”その2高岡早紀だった。
 2004舞台は新劇的王道の舞台だったように想像するが、2013舞台は瀬戸山美咲、松本祐子の女性コンビで攻めたな、っぽい(演出の西川=男性、松本はどちらも文学座)。1977年生まれの瀬戸山は当時30代後半、松本祐子は年齢不詳だが当時30~40代だろう。

 今回は脚色・49歳男性の倉持、演出・74歳女性の木野、で挑む。 

秋のシアタートラム、ほんのり異国情緒

 シアタートラムは、東急世田谷線三軒茶屋駅のすぐ隣にある。赤レンガに囲まれた洋風のやや薄暗い空間が、異国に誘うよう。秋の気配と相まって(実際には残暑だったが)、ちょっとした小旅行のわくわく感。

四面客席に囲まれた“土俵”

 この日は四面客席が舞台を囲む構図
 リアリズム系芝居では、あまり観た記憶がないかな。

四方向に客席を設置。ステージを囲む形でご覧頂くセンターステージです。
凝縮した空間で、四姉妹の戦いに立ち会っているような、臨場感のある生々しい作品を目指します。

舞台「阿修羅のごとく」公式サイトより
公演チラシ裏

 女子トイレは個室7つ。やや狭い通路にずらっと行列。
 客は平日昼でもあり、NHKドラマ時代をリアルに知っていそうな中高年男女が目立つ。ちらほら20~30代のような女性。

 舞台装置はシンプル。真ん中に四角の土俵のような舞台。ところどころ、なだらかな坂や、上り下りできる小さな階段がある。天井には、木の枠で作った四角い吊り天井があり、やはり相撲の土俵空間を模すように見える。 

開演前の舞台設定

 開演前、“土俵”の四隅に1メートル程度の高さの簡素な台が4つ。
 開演の合図は太鼓かバチだったか(やはり土俵だ)。薄暗くなる。するすると黒子が2人登場し、四隅の台の上に、電話を配し始めた。黒電話、一つは赤い公衆電話。さらに棒と板でできた組み立て家具的ないろんな大きさの台を持ち込み、机と椅子、に見せるように設置していく(この舞台転換はこの後10数回くらい行われた。衣裳掛けのような枠組みも縦に横に)。
 黒電話の一つが鳴り、次女巻子役の小林が「もしもし」と受話器をとり、芝居が始まった。

 芝居中、向田台詞に笑いはしばしば。
 天邪鬼の自分が思わず二回笑った。
 一度は、姉妹同士の取っ組み合いのけんかで、安藤か夏帆かが投げられ、舞台の“土俵”にごろっと転がった時。他にも腕をつかんで引っ張り合う場面はあった。熱量が伝わるようで面白かった。まさに土俵。
 二度目は、確か山崎の早変わりで、着物を着た浮気男の貞治が肩を落としいじいじ歩いて、すっと引っ込んで、間もなく背を伸ばした背広姿の鷹男(巻子の夫)が出てきた時だったかな。順は逆かも。

第一の“功労者”は、ほぼ均等に一人二役を演じた岩井秀人

 見ごたえある向田作品であった。観終わった瞬間、第一の“功労者”は岩井秀人だ、と自分の中では感じた。

 4姉妹の父はずっと出てこない(足音や気配のみ)。母(竹沢ふじ)は一瞬、のみ。上記のように、全員が一人二役を演じたが、岩井以外の5人はメーン役の合間にもう一つの役をこなす感じ。
 ※ただ、母ふじは登場させない方がスッキリしたかも。全員が一人二役、という決まり的なものがあったろうが。

 岩井だけは「メーンとなる重要な脇役」が「対等」「均等」。三女・滝子の恋人となる興信所員の勝又、四女・咲子の恋人であるボクサー陣内、このふたりを、それぞれほぼ均等に(勝又が6割か)演じ替えした。かつ、その切り替えが素早かった。
 
いずれも背を丸め、頭を下げ気味な姿勢は同じ。勝又は自己肯定感の低い男で、眼鏡をかけきょろきょろして話し方もつっかえてやや挙動不審。陣内はややふてくされ気味の強気のボクサーで「暗」を演じた。そう、どちらも「ネガティブな雰囲気を背負いつつ、内心は燃えたぎる……」と言う意味では共通。それでも、ふてくされたボクサーが去っていくと、入れ替わりのように、あわてて滝子を追いかけ、朴訥な愛の告白をする興信所員が出てくるのは面白かった。ストーリーが切れず、続いていた。

 岩井秀人、おそるべし。元「ひきこもり」。劇作家、脚本家、演出家、俳優。劇団「ハイバイ」主宰。2012年、NHKハイビジョン特集ドラマ『生むと生まれる それからのこと』で第30回向田邦子賞受賞、2013年、『ある女』で第57回岸田國士賞受賞。青年団演出部……ん?そういや、この芝居、青年団っぽい。

 そう、四面客席なので、客に背中と尻を向けた芝居のシーンは多い(こっちの席からは後頭部だけでキスシーンが見えないぞ、的な)。そこが青年団の芝居に似ている。
 舞台真ん中と隅、あるいは舞台下で違う演技が同時進行もあった(どちらかは無言)。
 その青年団的演出でも岩井は活躍したのかも(台詞の被りは無し)。

岩井「向田読むの止めた」「ひきこもり時代に観た小林」

 改めて公演PR用のインタビュー公式動画(公式サイトにあり)を観ると、ものすごく情けない顔で、目線をふらふらした岩井がそこに。おっとっと。

 「向田邦子賞をもらってしまってから読んだ向田作品が『阿修羅のごとく』。電話の場面で始まるんですけど、書き手からすると電話の言葉は種類が少ない。作家として選べることが少ないはずで、シチュエーションとして狭い。(なのに)生き物として感情が渦巻いている背景を短い台詞に入れる人(が向田)。そんな作家いない。で、向田作品読むのを止めた、(自分が)書けなくなるから

舞台「阿修羅のごとく」インタビュー公式動画「岩井秀人」より

 いやー、情けないけど、さすが作家。語彙豊富に、向田台詞のポイントを的確に説明している。

 「今の時代、(客に)どう受け止められるかな。あそこまで不倫、浮気に執着する当時と今は違う」

同上

 ほー、私も同じように感じた。

 「勝又役はだいたい僕。ひきこもりから出てすぐぐらいの。ですからね、きょどってるんだけど、こそこそしているのが得意みたいな。陣内は遠いっすね、あんな体温高く。(自分は)根性でなんとかできないタイプなんで。でも、うれしかったです、その二つをやるって演劇ならではだし」
 「(共演者の中では)小林聡美さんが自分の中で存在大きくて。ひきこもってて死にかけてるときに『やっぱり猫が好き』(※)をずっと見てて。小林さんが手品みたいに軽々やってた印象。今日(チラシ撮影のための初顔合わせ)初めて目撃したけど、実在するんだ!」

同上 ※1988年10月から1991年9月までフジ系列で放送された日本のコメディドラマ

 いやあ、面白いな、岩井! 彼の舞台また観たいな!

安藤が客席の笑いを徐々に引き出していった

 と、それはさておき。
 4姉妹を浮き立たせる脇役男性2人を演じた、ベテラン山崎は別格として。

 安定感と同時に演者として何かをやってくれるだろう期待感を持たせ、舞台をまず動かしていったのは安藤に見えた(滑舌、発声は勿論問題ない、幅広く響く声)。劇団ポツドールから始まり、いろんな舞台・映像経験を積んでいて当然だが、今回、芝居当初の客席のくすくす笑いは安藤の演技や台詞に反応し、それを繰り返し、そこからやがてすべての演者へと笑いが広がっていったように思う。構成上の問題もあろうが。
 一転艶っぽい役もさらりとこなし、火の前でかくかく踊る様子も一興。

みんなの中心、小林聡美

 小林は、自分にとっては長らく「映像の人」で、舞台では初見。テレビで見た通りの結構大きめの顔で、ださそうな丈のスカートをはいた、足の太そうな平凡な、本当にその辺にいそうな(すみません)。
 ただ、眼光は一貫して鋭かった。全体にポンポン飛び交う台詞の中で、ほぼ唯一明確な間を置き、喋らないことで感情を観客に想像させるかのような場面の重要な役が与えられていた。やはり、次女巻子はこの作品の中心。そして、出演者たちのインタビュー動画を見ても、その人間関係の真ん中に小林がいる、小林を通じてみんなが家族を演じている感があった。
 何かをぼりぼり食べるシーンは、
「かもめ食堂」だっけ、やはり小林聡美は食べる人だよね、的で懐かしいというか嬉しいというか。

キラキラ小泉、「若さゆえ」の夏帆

 小泉は一番の看板であり、彼女を、キョンキョンを観たいがために来ている人もあるだろう存在。
 綺麗な顔、全体のスタイルもいい。なんだか、キラキラしている、いるだけで場が華やぐ系で、つい目がいく。声ちと高め。ま、でもキョンキョンだし。近年の不倫公言。色気のある奔放な長女役は適役か(実生活では三姉妹の末っ子らしい)。ただ、高岡早紀みたいな相手をずるずる引き込んでいきそうな艶、とは少し違う。人形的な? アイドルのイメージが強すぎるか。 
 ある一場面の演技気になる。次女巻子が夫の浮気について告白した時の、姉としての反応が薄かったようにも。ただ、それは、あまり他人を気にしない長女綱子のキャラだったかもしれないし、自分にはわからないところ。

 夏帆は、とにかくスタイルがよかった。実年齢でも他の演者から15歳前後から20歳以上離れ、一際若い、まさに末っ子そのもの。そこはひたすらベテラン勢にどっかり甘え、若さゆえの演技をしていた。
 夏帆はPR用のインタビュー動画の向田ポイントが、なかなかよかった。

 「(向田の脚本は)日常会話でハッとする、ドキッとする本質を突く台詞。(向田は)生活を大切にする人だと。小気味いいやりとりの中にハッとする言葉」
 「(NHKドラマの)当時と今では女性観、価値観が変わってるが、その中に普遍な感覚がある」 

舞台「阿修羅のごとく」インタビュー公式動画「夏帆」より

木野「何が飛び出すか」

 舞台化された前2作品は、いずれも新劇の文学座の演出家が演出。小劇場出身の木野は、脚色の倉持、演者の岩井、と岸田賞受賞者を2人も携え、どんな舞台を狙ったのだろうか。わからない。前作、前々作と異なるものを目指したいとは思ったはずだ。
 しかし、このメンツを集めた段階で、化学反応が起きてどんどん進んでしまったんじゃないだろうか。 

(以前のNHK)ドラマの中で役者達が、一歩も引かずに火花を散らしている。その気にさせる何かがこの作品にはある。それを覗いてみたい。
(略)心強いことに、この挑戦に打って付けの怖いもの知らずの顔ぶれが揃いました。(略)遠慮なく体当たりでぶつかっていこうと思っています。何が飛び出すかしかと見届けて頂きたい。

舞台「阿修羅のごとく」公式サイトより、木野花コメント

 今回、この公演はまだ旅路の途中。上演中どんどん変わっていくだろう。
 そしてまた何年か後に、違う演者、違う演出で再び阿修羅の4姉妹にお目にかかれるかもしれない。その時、自分はどう感じるんだろう。そんな楽しみを持たせてくれた舞台だった。向田さん、ありがとう。


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