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松本人志に憧れた兄

 私の兄は二人いる。一番上とは8歳、2番目の兄とは4歳離れている。兄弟3人4歳ずつ離れている。

 今日は2番目の兄の事を書いてみようと思う。
 兄はつい最近までお笑い芸人を目指していた。

 私が中学1年の時に父が他界しているわけだから、兄はその時高校2年だったはず。割と兄とは仲が良かったが、その頃の兄はタバコの屑が制服のポケットから見つかったとかで学校を数日休学させられた。

 もっと遡って幼い頃。私には兄二人のイメージがそれぞれあった。一番上は歳が離れているから『未知のヒト』。たまに会うヒトぐらいに思っていた。

 その一方で、歳の近い2番目の兄は『優しいお兄ちゃん』。小学生の兄は眼鏡をかけて勉強もできた。私は1番目の兄を「お兄ちゃん」と呼び、2番目の兄を名前からとって「カッチ」と呼んだ。

 カッチの友達が5、6人来て、家の隣の広い野原で秘密基地を作った時もその基地にお邪魔させてもらい、仲間に入れてもらったりした。

 カッチとお風呂に入った時は、浴槽に浸かっている時、立て掛けてあった浴槽の蓋がカッチの頭に直撃した。その次の瞬間、カッチは記憶が無くなったフリをし、私を騙そうとした。10分もボケたフリをするものだから、私も本気になり「ママーー!!!」と叫び、大騒ぎした。泣き虫の私はこの時も泣いた。

 またある時は、遊園地の観覧車に乗っている時。
「このまま一番テッペンまでいったら、どうなると思う?」とカッチ。
「どうなるって、どうにもなんないでしょ。」と私。
「いや、一番テッペンまでいったらこれがクルッて一回転するんだよ!」
「うっそだぁーー!!」と言ったものの、カッチが嘘をつき続けるものだから…

「え!うそ、やだ!どうしよっ、どうしよ!!」と大慌てした。
 そんな事を覚えているが、基本的に優しいカッチが好きだった。というのも覚えている。 

 お互いバスケが好きでドリブルの練習などもした。習字やそろばんも一緒に習っていた。

 しかし、父が亡くなり家族が一致団結しなきゃいけない時に、母に心配かけるような事をするカッチに、いつしか私は心を閉ざした。カッチと言葉を交わさなくなった。イヤな妹、イヤな態度をとる事でしか対処できなかった。

 カッチは普通に話しかけてきたが、『そんな優しさ要らないから自分の素行をしっかりしろ!』と思っていた。

 高校を卒業したカッチは地元の大学に進学した。
 私が高校卒業し東京へ出る頃、カッチもまた大学を卒業し、そこで芸人になりたいと母に打ち明けた。

 母は『その子の人生。自分は出来る限りサポートするのみ』と考えるヒトで反対などはしなかった。カッチは札幌のお笑い養成所へ通う事となった。

 
 東京での日々を送る中である時、地元の友達からメールが来た。「これ、お兄ちゃん?お兄ちゃんだよねぇ??」メールに貼られた写真を開くと、ステージの上で漫才するカッチの姿があった。
 もちろん、嬉しくなった。「そう!お兄ちゃん。私の兄だわ!」と答えた。ちょっと、自慢気だったかもしれない。

 地元から札幌に遊びに行き、たまたま行った何かのステージの前座か舞台かは知らないが、友達も興奮気味だ。そして、カッチもそれなりに札幌で頑張っている事を知った。
 それからは、私も大学の友達に宣伝する様になった。大学では一番人数の多いサークルに入っていたため、宣伝するにはなかなか良かった。

 タカアンドトシさんの様な道筋を考えていたのかもしれない。タカアンドトシさんも初めは北海道のローカル番組に出演し知名度を上げていたが、ある時東京進出して一気に全国のFaceとなった。「欧米かっ!」

 
 たまに夏休みなどで実家帰省のタイミングが合い、カッチと顔を合わせる事があった。その時の私もかわいい妹にはなれなくて、ツンツンしていた。中2〜高3まで、カッチに心を閉ざした期間はあまりにも長い。
 カッチ自身も「おれ、嫌われるからね!」と妹に嫌われていると他人に言っているのを聞いたことがある。

 カッチは知らない。

 私がカッチの宣伝をしている事を。
 
 カッチに反対してグチグチ言っている祖母に初めて口答えした事を。

 内心、カッチが有名になる事を心から楽しみにしている事を。

 知らないのだ。

 その後、カッチはローカルTVの番組に少し出るようになったが、これといって勢いもなく、年齢を重ねるごとに色々考えるようになったらしく、若く新しい芸人が起用される事も多く、チャンスを掴むのに限界を感じて芸人で食べていく道を諦めた。

 今現在、結婚もし、新しい職場にも勤めているが、諦めた事を聞いた時は『え、なんで。諦めないでよ。もっと必死になってよ!嘘だと言ってよ!』と、たぶん、おそらく、誰よりも、、残念に思った。

 幼い頃、嘘をつき続けて私を騙してたように、兄には、なりたい芸人になって欲しかった。

 松ちゃんに憧れた兄。

 しょうがない。
 親戚一同集まった時にでも、カッちゃんのステージ、用意してあげるよ。

 て…これが素人の無茶ぶりってやつ?

 やめとこう。おとなしくしておこう。

 やっと兄孝行な、かわいい妹になれそうだ。

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