見出し画像

「花屋日記」32. 誕生日のあの子って。

 女性客がお一人、2つのミニブーケを持って店の中をうろうろされている。何かを迷っておられるようだ。両方を見比べては、一つをもとに戻してみたり、やっぱり手にとってみたり。
「お伺いいたしましょうか?」
とカウンターから声をかけると、彼女をその2つを掲げてこうおっしゃった。
「あの、どちらがいいのかもう分からなくなってしまって。どっちがいいでしょう?」
 一つは紫のスイトピーとスカビオサが入ったシックなもの。もう一つは淡いピンクのスカビオサに姫リンゴが添えられたキュートなものだった(姫リンゴは竹串に刺してブーケに添えることができる。秋ごろからクリスマスに向けて出始めるデザインの一つだ)。

「どんなお相手に渡されるんですか?」

「はい、親戚の子どものお誕生日で」

「それでしたらピンクのほうがいいかもしれませんね、リンゴもお子さんに好評ですよ」

「そうですよね、子どもって明るい色が好きですよね。じゃあこっちにします」
「かしこまりました。ありがとうございます」

 私はそのブーケを受け取って、フォイルで手早く保水した。リボンを結びながらメッセージカードをお勧めすると、片手に持っている紙袋を持ち上げて「実はもう全部用意してあるんです」とおっしゃった。
「今から親戚で集まってパーティーをするんです。お花が大好きな子なんで、どうしても持っていかなきゃと思って」
「それは素敵ですね! おいくつの方なんですか?」
「ええ、7歳の男の子です」
 それを聞いて私はピタッと手を止めた。自分の中のジェンダー・バイアスに気づいて驚いたのだ。でもそうだ、花が大好きな少年だっているじゃないか。つい先日、あんなにも情熱的な天才児がいたように。
「いいですね! お花好きな男の子」
思わず、力をこめてそう言うと
「はい。毎年、みんなでお花とオモチャの両方を渡すのが恒例なんですよ。すごく喜んでくれるから」

 たくさんの人に祝福されて、プレゼントを受けとる少年。彼は姫リンゴに触れるだろうか。添えられたアロマティカスの香りに気づくだろうか。部屋いっぱいの花とオモチャに囲まれて、彼はまた一つ成長する。それは想像しただけでもわくわくするような光景だった。

「その男の子が大きくなったら、ぜひうちで一緒に働いてもらいたいです」
「うふふ、そうなったらいいですね」

 お世辞ではなかった。本当に心からそう思った。
こんなときに思う。花屋ってすごくいい仕事だ。まちがいない。

すべての記事は無料で公開中です。もしお気に召していただけたら、投げ銭、大歓迎です。皆様のあたたかいサポート、感謝申し上げます。創作活動の励みになります。