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モダンを直す

モダンてのは何だ

モダン焼きというとたいていの人は焼そばを埋め込んだお好み焼きを思い出すのだろうけれども、一部の眼鏡業界の人間にしてみれば、そんなもの焼いて食えるものかと思うことだろう。業界の専門用語には語源が不明なものもいろいろあるのだけれども眼鏡業界の各パーツの名称などは一般人にとってわけのわからないものが多いに違いない。例えば一般にメガネのつると呼ばれる部分は腕またはテンプルと呼ばれるのだけれど、腕はともかくなんでここが寺なのかと私も初めは訳が分からなかったもので、どうもこめかみのことを英語でtempleというのだと後で知った。
それでもなぜ眼鏡のつるを「こめかみ」という意味の言葉で呼称するのかいまだにわからない。
なおこの個所を腕と呼ぶかテンプルと呼ぶかで同じ眼鏡業界でもやっている仕事がわかるようで、個人的には営業ではテンプルと言っていて、製造は単に腕と言っていた気がする。

この腕の先で耳の形に曲げられた箇所に軟質樹脂製のパーツが差し込まれているのだけれど、これが業界ではモダンと呼ばれる部品だ。これを挿す工程は「モダン挿し」といい、その後耳の形に曲げる工程は「モダン曲げ」、ここに施されているシルク印刷は「モダンシルク」ならばこの部品を作る業者は「モダン屋」という具合だ。他にも眼鏡の部品名には「溝」とか「ヨロイ」とか「パット」とか「丁番ネジ」といった意味不明な用語もあるのだけれども、一番わけがわからなかったのがこのモダンだ。

これがモダン

戦前にメガネの製造技術が福井に伝えられてきて以来、日本の眼鏡生産の9割以上を福井で行ってきたことから、これらの眼鏡用語は福井で生まれたものに違いない。前述の「パット」というのは鼻に当たる部分の小さな小判型のパーツで英語ならnose padというのだけれど、清音と濁音がいい加減な福井弁ならではの言い回しだろう。

福井弁ならではと言えば、脱線するが繊維の業界でジャカード織機というものがあって、任意のパターンで意匠を織り出すことができるものなのだけれど、これは福井ではジャガードと呼ばれている。正確には「ジャガド(アクセントは最後尾のド)」と発音されることが多く、私より2回り上の世代までは長音を正確に伸ばさない傾向があって、文字で表記するときも長音の「ー」を省略する事すらあった。これは正確には「ジャカード」と呼称すべきもので、もともとフランスのムッシュJacquardが考案した織機なので、原音に正確を期すならば「ジャカール」がより正しいといえる。ところが福井では「ジャガード」で人口に膾炙しており、中には「XXジャガード」という社名の機屋まであるので、立派な福井弁の語彙といっていいだろうと思う。

脱線ついでに昔いた商社ではネオプレーンゴム素材でできた雑貨を扱うことがあり、これは潜水服のウェットスーツに使われることからウェット生地と呼ばれることもあるのだけれど、どこでどう勘違いしたのか「スウェット生地」という誤った名称が社内で通用していたことがあった。多分出どころは何のために課長をやっているのかわからないバカ上司あたりではないかと思うのだけれども、こういう恥ずかしい間違いに気づかないままお客さんに堂々と使うのは大変会社の恥になり、ああこいつらモノを知らんな、こんなところから買うのは心配だと思われるのは当然のことだ。あまりに情けないので「スウェット生地とは何事か、これはネオプレーンゴム生地といって、せめてウェット生地と言えよ」と吠えたのを覚えている。ともかくも固有名詞を正しく覚えないのは福井の特徴のようだ。

モダンを直してみる

さてモダンだ。結構長く使っているメガネのモダンが劣化して亀裂が入っているのに気が付いたのが半年ほど前のことなのだけれど、それがとうとうボロッと脱落してしまった。そうすると洋白の腕芯が直接耳に当たることになり、洋白はチタンと違って酸化することで緑色の緑青を吹くので皮膚に大変よろしくない。そんなわけで適当なモダンをもらったのだけれども、腕芯の寸法が合わないので差し込むことができず困ってしまった。ともかくここを何らかの安定した素材で被覆してやらなければならん。エポキシボンドでも盛り付けてやろうかとも思ったが、もっといい方法を思いついた。

電気配線の絶縁に使う熱収縮チューブというものがある。ヒシチューブという名前で知られていることの方が多いだろう。こいつは黒いパイプ状の素材で、電線や端子部に被せて熱をかけることで収縮し絶縁状態が安全に保たれるというものだ。これを適当に切って腕芯に通すと、かなり大きいのだが小型トーチランプであぶるとアラ不思議、あっというまに縮んで中身に沿ってくれる。そのままでは細いのでさらに3重くらいに同じことを繰り返すとモダン並みの太さになって、まるでそういうモダンを付けたようになった。以前も応急処置について話を書いた気がするが、やっぱり頭の引き出しはいろんな方向に開くようにしておくといざという時役に立つもんだ。

これがヒシチューブ
被せて熱を加えると収縮する
これを何回か繰り返すと太くなって立派にモダンの代わりになる

なおこのヒシチューブだけれど、深圳の電子メーカー時代に日本人の同僚のおっさんが「ヒシチューブ、OK?」とか言って中国人スタッフに全く通じていなかったということがあった。英語のつもりなんだろうけど発音はカタカナ発音なのはまあいいとして、そもそもヒシチューブは「ヒートシュリンクチューブ(熱収縮チューブ)」の略であることを知るべきで、なんでこれで通じると思ったんだろうということがしばらくの間謎だったのを思い出した次第。


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