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2021個展ご挨拶の転載

2021.5.14-17 途中緊急事態宣言が出されるという状況の中、札幌の円山というところで個展《葛の布 帯展 -  色、文様 -》を、完全予約制+毎日定時にInstagramライブ配信を行い会場に来られない方にも様子を楽しんでいただくという形で開催した 

フィジカルな来場者数は過去2回の開催の7分の1くらいだったが、お一人お一人とゆっくりとお話でき、2年先まで制作のスケジュールが埋まるほどのご購入・ご依頼をいただき、感無量であった

その際、会場に掲示した開催のご挨拶が、その時の私の精一杯の制作の趣旨でもあるので、ここに残しておこうと思う

今の時代における手織りの布・手仕事、色・文様の存在意義のようなものは引き続きずっと考えている。近頃はそれに「民藝、アートとの関係」という視点も加わっており、さらには、これを書いた当時感じていた「先進テクノロジーと手仕事の明確な境界線」は、今はもう、私の中では消失している。よって、この「開催主旨」も既にやや古くさく感じるのだが、今後、この考えがどういうふうに変化するか、後で比較できるためにも、そのまま転載する


開催主旨とごあいさつ

 私の中に色や文様を施す理由が何もないことに気づき、もう無地しか織れない気持ちになった時に開催したのが前回2019年の個展「無地とその周辺」。以来、2年。「人類はなぜ文様を施すことをしてきたのか?」その切実な理由を探究しながら、現代における手織り布の存在意義、存在価値のようなものとともに、自分なりに考えてきました。
 今、辿り着いた一つの着地点は、「布、衣服、特に着物の帯地には色や柄が必須である」ということです。理由は2つ。布は情報を運ぶ手段であるということ、そして着物の帯は衣服の中でも装飾性が高いということ。
 その考えの変遷はblogや音声配信「葛布の手織りの機場から」で発信しているので、詳しくはそちらを参照していただくとして、ここでは、この個展開催にあたって、今の私が考える「手織りの葛布の帯地の存在意義、存在価値」と「文様を施す理由」について、お伝えしたい。
 大きく分けて2つの柱があります。

1. 普遍的なものを伝え繋ぐ手段としての存在

 普遍的なものとは何か。それは、「葛の糸作りの技術、手織りの技術」です。
 布は腐敗しやすく石器や土器などのように残らないので、正確な時期は分からないにしても、何千年も前から、ひょっとすると1万年以上前から、植物繊維を利用して布を織るということは行われてきました。そしてその基本的な技術は変わっていません。縄文時代の遺跡から葛の繊維が利用された形跡が出土しているという記録もあります。私達は、人間が作り出したであろう技術を、何千年にも渡って受け継いでいる。
 手織り布の存在そのものが、その技術を伝達する媒体となっているというわけです。

2. 時と場によって変わる「今、必要なもの」を届けるメッセンジャーとしての役割

 社会状況や時代の流れの中で、作り手が、「今、人々に必要だと思うもの、提供したいもの」を伝える手段としての布。手織りの布にはそうした役割があると考えました。
 人々に役立つ情報を文字にして運ぶものが本であるならば、人々に役立つ情報を抽象化して運ぶもの、または何かのシンボルとして存在する布というものがあっても良い、という考えが根拠になっています。なにしろ、布(textile )と文(text)は語源が同じなのです。元はどちらも情報を運ぶ手段なのですから、作るからには情報を載せなければ、というわけです。

 そうした考えのもと、「今」「この時代に」ピンポイントで皆様に提供したいと考えるのは、「日常の喧騒から離れふと我に返る時間」「自然に想いを馳せホッとする時間」「思い出や心象風景を呼び起こすきっかけ」「懐かしんだり、気持ちが落ち着いたりするような何か」あるいは「非日常的体験」です。
 私がいつも驚くのは、葛布の帯地が、非日常的な空気をまとっている事です。もはや自分で織ったとは思えない。その存在が、周りの空気を変えると言っても良いくらいです。
 どこから来るのか分かりません。美しいものを追求した先人の知恵の結晶なのかもしれないし、人の手作業による「ゆらぎ」ゆえなのかもしれないし、葛と絹そのものが持つ生命力や力強さゆえなのかもしれない。
 いづれにしても、外出や行動が制限され、リモートワークが主流になり、テクノロジーがますます進化していくであろう今の世の中において、日常の中に「非日常」を意図的に取り込むこと、そうして、ふと我に返る瞬間やホッとする時間を持ち、また日常に戻るということ、そうしたことが、これまで以上に大事になるのは必須だと思います。
 葛布の帯地が、そういう時間や空間を提供してくれるであろうことを、私は信じているというわけです。

 皆様が、葛布の帯地を自由な発想で楽しみ、穏やかで健康な毎日を過ごされることを、心から願っています。 



 この度の個展開催に際して、ギャラリーのオーナー様はじめ大変お世話になりました皆様、人工・合成香料へのご配慮・ご協力をくださった皆様に、心から感謝申し上げます。

2021.5.14  渡邊志乃

いただいたサポートは制作費として大切に使わせていただきます。 https://kuzunonuno.com