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地下アイドル・姫乃たまの壮大な卒業制作 ~姫乃たま活動10周年記念公演「パノラマ街道まっしぐら」~

この記事は、友人のせきねさん主宰の同人誌『ぱ -Essays on Performing Arts-』2019 Spring に寄稿させていただいた、姫乃たま活動10周年記念公演「パノラマ街道まっしぐら」のライブレポートを一部修正し再掲したものです。

 姫乃たまは、都内を中心に活動するソロの地下アイドル。高校在学中の2009年4月30日に16歳でデビュー(当時の芸名は「゚*☆姫乃☆*゚」)してから今日まで、一貫してフリーランスで活動を続けている。アイドルとしての本業であるライブ出演や音楽活動だけにとどまらず、アダルト業界やサブカルチャーへの造詣を活かした文筆業なども掛け持ち、多彩なフィールドを股にかけて活躍してきた異色の存在で、2019年4月24日にはビクターエンタテインメントからメジャーデビューアルバム「パノラマ街道まっしぐら」がリリースされた。

 そんな彼女が、2019年4月30日に行われたワンマンライブをもって、地下アイドルを卒業した(音楽活動や文筆業は今後も継続するということなので、いわゆる引退ではない)。

 卒業公演の会場となった渋谷区文化総合センター大和田さくらホールは収容人数735名。姫乃たまの主催公演としては過去最大規模で、このホールがフリーの個人事業者に貸し出されること自体も異例だという。過去のワンマンライブでは姫乃たまと周辺の個人的人脈からスタッフを集めて切り盛りしていたようだが、今回は初めて外部の制作会社が本格的に携わって行われる公演だ。チケットは一週間前にソールドアウト。これがあくまで「個人」の主催による興行だというのだから最高だ。

 メジャーデビューアルバムのリードトラック「長所はスーパーネガティブ!」のイントロとともに舞台のカーテンが開くと、大掛かりなセットと巨大なスクリーンがまず目に飛び込んでくる。いつものライブとはまったく違うゴージャスな光景だ。しかし、その中心に立って歌っている姫乃たまが想像以上に「いつもどおり」でいたことが、たまらなく痛快だった。ステージの華やかさに無理にパフォーマンスを寄せようという気負いがまったくない、普段どおりの姿。彼女はいわゆる「ライブパフォーマンスに定評がある」というタイプではないが、この日の立ち姿には「これでいいのだ」という自信が満ち溢れていて、今夜は間違いなく素晴らしいライブになるなと思えた。

 ライブ前半を締めくくった「いつくしい日々」という曲では、一味違う顔も見せてくれた。最低限まで照明を落とした暗闇の中で、コンテンポラリーダンスとピアノのインプロに姫乃たまのゆらゆらとした歌が合わさると、不穏さと謎の神々しさに満ちた神話のワンシーンのようで、あまりの美しさに思わず息を呑んだ。

 後半に入るとライブの様相は一変する。この公演の目玉である劇団ゴキブリコンビナート(検索してください)の登場だ。大漁旗柄のワンピースに着替えた姫乃たまの背後に、生殖器を模したグロテスクな着ぐるみの集団が巨大な水車を転がしながら登場すると、会場は異様な興奮に包まれる。生殖器フリークスたちに囲まれながらアンセムソング「ねえ、王子」を歌う姫乃たまの嬉しそうな表情と、その光景の違和感の無さにひたすら笑った。最後は生殖器フリークスたちがステージ上のセットを破壊し尽くし、その残骸を姫乃たま自身がショルダーキーボードでめった打ちにして約2時間のライブは終幕。アンコールはなし。ただただ「すごいものを見た」という余韻だけがあった。

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 姫乃たまという人は万華鏡のように色々な要素が折り重なって魅力になっている人で、それだけに良さを端的に説明するのがとても難しい。「顔がかわいい」とか「トークが面白い」とか「やさしい雰囲気に癒やされる」とか色々な言い方で語られる(それはどれも間違っていない)けど、全部ひっくるめてピタッと一言で言い表すことができない人だ。

 このライブを振り返って何に心を揺さぶられたのかと考えてみたときもそれと同じで、ひとつひとつの楽曲や場面についての印象をどれだけ語っても不充分な気がする。

 学生時代に編集者を志望していた姫乃たまは、近年折に触れて「自分は雑誌のような存在でありたい」と発言していた。自分を通して色々なカルチャーの面白さをお客さんに伝えたい、という意図での発言だったと思う。この視点で今回のライブを振り返ると、色々なことが腑に落ちた。

 これだけテイストに振り幅のある出し物の数々が、姫乃たまという世界観のもとでひとつの作品に統合され、観る者に違和感なく受け入れられている。奇しくもこの日の物販では、彼女が大学の卒業制作でつくった雑誌のレプリカが販売されていたが、この公演こそ、10年間の地下アイドル人生のすべてが結実した壮大な卒業制作なのだと思った。私は彼女の活動を追いかけ始めてまだ3年余とキャリアの浅いファンではあるが、「すぐに辞めるつもりだった」彼女の地下アイドル活動が様々な巡り合わせによってこの日まで続いてきたことの不思議さ、その道のりの長さを思うと、とても感慨深い気持ちになった。

 そして、ひとつ欲を言わせてもらえるならば、メジャー移籍一発目の興行でこれだけの成功を収めることが出来たのだから、これが最後などと言わずに2回でも3回でもまた大きなライブをやってもらいたい。それだけのポテンシャルがあると思わせてくれる素晴らしい公演だった。


 余談になるが、この公演から遡ること2週間前、姫乃たまは「思い出フリーマーケット」と題して、10年間の活動を一日一年ずつ振り返るというイベントを10日間連続で開催していた。このイベントの最終日、両国のイベントスペースに詰めかけた50人ほどのファンを前に行われた30分間のソロライブは、アルコールとタバコの煙とオタクの熱気が充満する中で野太いコールとケチャが飛び交う、まさしく絵に描いたような地下現場だった。個人的には、この30分間が「地下アイドル・姫乃たま」の実質的ラストライブだったという気がしている。4月30日のステージで見た姫乃たまは、もうすでに次の人生を歩き始めているように見えた。

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