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デルフトでの実り多き二年半     ―研究と交友―

松木伸行
工学部・薄膜電子材料

オランダへの片道切符

2000年に新型太陽電池開発のテーマで博士課程を修了し国内の国公立研究所で任期付博士研究員、いわゆる「ポスドク」の三か所目を勤めていた2005年、次のポスドク勤務先として海外へ目を向け公募情報をインターネットにより検索していた。すると、オランダ王国(以下、オランダ)デルフト工科大学電子数理情報工学部の附置研究所であるマイクロシステム・エレクトロニクス研究所(DIMES:2015年Else kooi Labに改称)で石原良一先生の研究室によるポスドク公募を見つけた。電子メールで履歴書を送ったところ書類選考に通り、2006年三月初頭に雪がちらつくデルフトに赴いて採用面接試験を受けた結果、同年四月から勤務することに決まった。日本に本務所属はなく、帰国後のポジションを得られるあてもない状況での渡航だったので、いわばオランダへの「片道切符」であった。

Delft内DIMES研究所(現Else kooi Lab)

生活基盤の立ち上げ

初めての海外生活に不安もあったが、結果的にこれはすぐに払拭された。渡航前にDIMESの事務局を通じてインターネット・家具付きアパート部屋を賃貸契約できていたことや、石原先生のご家族および在デルフト日本人会である「デルフト隣人会」の方々にも多大なる援助をいただいたおかげで、大変スムーズに生活基盤を立ち上げることができた。そして、幸いオランダでは幼少時からの英語教育効果によりほぼ誰でも英語が話せるので、日常生活のあらゆる場面において意思疎通に困ることはなかった。

フェルメールゆかりの場所

デルフト工科大学での研究

自宅アパートと大学との往復は自転車で、フェルメールの『デルフトの眺望』と同じ景色を見られる場所を通った。オランダでは自転車専用レーンが整備されまた土地が平坦であるので自転車は移動手段として大変役立った。
石原研究室では、下じきやクレジットカードのように薄くて軽い、フレキシブルモバイルパーソナルコンピュータの実現を目指し、その心臓部となるシリコン薄膜トランジスタ(Si-TFT)の特性向上に必要な知見を得るべく結晶粒界での電気伝導を走査型ナノプローブ顕微鏡で測定する研究を行った。当時の石原研究室には、私を含めた研究員が二名、博士課程学生三名、修士課程学生三名、技術職員二名が所属し、出身地はイタリア、イラン、オランダ、中国、日本と国際色も年齢も幅広かった。修士・博士課程の学生にはプロジェクト研究費から給与が支払われ、また学位取得によって企業での役職や待遇が昇格する。これらの好条件が原動力となり、競争的な選抜を経た優秀な学生(企業を退職し大学院に入る人も多い)がこぞって大学院に進学する流れができている点は、大学院進学の条件を就学者の経済基盤と学問探求心に依存している日本の状況とは大きく異なっている。

フェルメール『デルフトの眺望』と同じ場所から撮った写真

日本とオランダにおける研究体制・働き方の違い

日本の大学において、実験装置の構築・改造・保守および操作指導は各研究室の教員や大学院生により行われることが多い。一方、DIMESにおいて実験装置は専門の技術職員(Technician)達によって保守管理され、学生、ポスドクや教員がそれらを使用する場合には事前に研修と厳格なテストを受けることが義務づけられていた。また、試料作製の工程計画を技術職員で構成される委員会へ事前に申請し承認を得る必要があった。この体制は、一見すると自由な試料作製や実験を阻害するようにみえるが、装置状態の安定性と実験結果の系統性が確保されるため、結果的には実験効率と結果の信頼性が高くなることにつながっている。日本の研究室のように学生が装置の原理や構築方法を「体得する」機会は損なわれるが、欧州ではScientist(考える人)とTechnician(手を動かす人)の役割は明確に区別されており、将来Scientistとなることを期待されている学生達にとっては装置に関する体得の不足は問題にならないのかもしれない。このScientistとTechnicianの分業制は教職員・学生達のWork-life Balance (WLB)維持にも役立っているようだった。教職員・学生は八時半から17時半の時間内で集中的に業務・研究を行い(10時と15時には一斉に30分程度のコーヒーブレイクをとる)、18時ともなると研究所内にはほぼ誰もいなくなった。また、夏期休暇は教職員も学生も二週間ないし一カ月は取得しバカンスや故郷へと赴いていた。そのようなWLBを維持した研究労働環境でありながら、デルフト工科大学の科学技術分野における世界大学ランキングは20位台に位置していることは注目に値する。

デルフト工科大学のタワービル

交友・音楽活動

業績を出す重圧を感じつつ試行錯誤しながら研究を進める中、様々な美術館や演奏会へ足を運んだり、週末や休暇を利用して車でオランダ国内・ベネルクス他国・フランス・ドイツへのドライヴや旅行へ出かけたりすること、そしてデルフト隣人会の仲間達との楽しい定例食事会はリフレッシュと研究推進への大きな活力となった。しかしなんといってもかけがえのない経験は、1919年創立のハーグ市民オーケストラMusica den Haagの団員となりバストロンボーン奏者として活動できたことである。同オーケストラの仲間から誘われて他のオーケストラにエキストラとして参加したり、ご自宅に招いていただいたりするなどして交友を深めることができたことはまた格別な思い出である。

新教会前広場にて

二年半を思い返してみて

初めての海外研究生活地がオランダであったことは私にとって真に僥倖(ぎょうこう)であった。快適な生活環境と充実した研究環境のおかげで滞在期間中に得られた原著論文二報、国際学会発表四件、学会賞一件の業績はその後の研究への礎となった。インターネットで情報が容易に得られる昨今ではあるが、やはり現地で実際に体験し、コミュニティの中へ入ることで初めてわかることの方が多かった。例えば、欧州人は自己主張や個人主義が先立ち、日本人同士のように協調や暗黙の了解による対話は難しいのではないかという先入観を持っていたが、実際にはそうではなく、大学でも市井においても、まず相手の話を傾聴し、相手の気持ちに配慮した謙虚なふるまいをする人がほとんどであった。公式の価格やルールが一応設定されていても、個人間の交渉でそれらが柔軟に変更されうる点は、日本よりもかなり自由度が高く、その恩恵に幾度となくあずかった。美しい景観の保全に対する公共意識の高さ、行政における税金使用の透明性の高さなどについてはうらやましく思った。デルフトで経験し学ぶことのできた働き方、習慣、文化の良い点を、人生をより豊かにする糧にしていきたい。

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。

この文章は2021年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。