駿台文庫『THE早稲田 日本史問題集』(須藤公博)に含まれる誤りについて

 この問題集の解説に含まれる誤りについて、私が発見した箇所に訂正を加える(学習に支障をきたす箇所のみ。不自然な日本語や単なる脱字等は扱わない)。これらは私が受験勉強の最中にたまたま見つけたものに過ぎず、まだまだ誤りが含まれる可能性がある。ここにない誤りを見つけた方は、是非コメント欄等で共有して欲しい。
 また、末尾にレビューを掲載しているので、これから買うべきかどうか検討しているという方は目次から飛んでほしい。
 
 頂いたコメントをもとに追記しました(2022年12月)。

§1原始・古代史

p.8 第15問 A8「ウ」→「イ」
 隠岐は現在の島根県である。

§2古代外交史

p.16 第8問 問2「ハ」→「ニ」
 ある先生に頂いた回答の要旨を以下に記す。
 「「皇帝」のうしろに「皇太后」とあり、これは光明皇太后を指すことがわかります。彼女とともに鑑真から戒を受けた人物でまず特記されてもおかしくないのは聖武太上天皇だと分かると思います。こうした推論から、「皇帝」とは「聖武」を指すと考えるのが適切です。」
 実際に『続日本紀』を確認してみよう。次のように書かれている(赤線で囲った部分が設問の史料文に対応する)。

https://zh.m.wikisource.org/wiki/續日本紀/卷第廿四


p.46 問9「ハ」→「ロ」
 「磁器や書籍を貿易」したのは、「新羅を滅ぼした高麗」とではなく、北宋とである。解説に掲載された資料からも明白である。

§3律令制度

p.19 第5問 問10「ニ」→「ホ」
 景戒は東大寺ではなく薬師寺の僧である。

§4鎌倉・室町時代


p.83 問9 ロ「日れん(れんは二点しんにょうに車)」→「日蓮」
 本書のミスか大学の出題ミスかは不明だが、学習者にはかかわりのない話だ。というか「漣」のつくりなんてどうやって入力したのか。

p.97 問D 
2.「扇・・金」→「扇・・金」
3.「剣・・硯筥」→「剣・・硯筥」
 銭もあてはまらないので2.も正解になってしまう。「日明貿易のまとめ」の通りである。
 さすがにこれは本書のミスだろう。人間が入力したら刀と万など取り違えようもない。OCRを碌に確認もせず用いているのだろうか。

§5織豊政権・江戸時代

p.57 第5問 1「奉公」→「軍役」
 山川日本史用語集の軍役(近世)の項に「主君に対して負う軍事的役負担。…また土木工事等のお手伝い普請や参勤交代なども軍役とされた。」とあることからも、「奉公を負担する」という日本語が不自然なことからも、大学の想定解は「軍役」であろう。

 ちなみに、東大青本(福井伸一師が執筆)の出題分析と入試対策(日本史)には「…知行高を基準に軍役などを負担(奉公)させて…」という一節が登場する。やはり答えは「軍役」であろう。

§6文治政治

p.66 第1問 3「ア」→「イ」
 ア:宗門改めは1664年から諸藩で実施されるようになった。よって正しい。
 イ:「由井正雪らの幕府転覆計画事件が発覚した」のは4代家綱が将軍に就任する前のことである。よって誤り。(1651年4月:家光死去→7月:由井正雪の乱がおこる→8月:家綱が将軍になる。山川の詳説日本史にもわざとらしく書いてある)。

§7江戸時代の民衆史

p.147 問1「村請」→「村請新田」
 「…新田を何というか。」という問いに対応するのは「村請新田」だ。「村請(制)」は制度であり支配の方法である。

§9近代史(政治と外交)

p.92 問H「北事変」→「北事変」

p.94 問F「大隈重信が初めて外務大臣になったのは松方正義内閣ではなく黒田清隆内閣であった。」
→黒田内閣ではなく第一次伊藤博文内閣である。

p.97 問C「「イギリス」ではなく,「アメリカ」の鉄道王ハリマンが共同経営を求めたため,共同出資で設立された。」
→南満州鉄道株式会社が日米の共同出資で設立されたという事実は存在しない(要求はあったが実現しなかった)。

§10近代史(政治と経済)

p.111 問6「エ,オ」→「ア,オ」
 エ:「6000件を超え」とあるが、解説のグラフで確認できる通り超えていない。よって誤り。
 ア:「商業的農業の展開が進んだ近畿地方を中心に、大規模な小作争議が多発した。」とあるが、日本大百科全書(ニッポニカ)の「地主・小作関係」の項に「…近畿を中心とした西日本で展開した小作争議(農民運動)は、農民の経済的・階級的成長に促されたものであり…」とあるので、正解と見做せるのではなかろうか(近畿地方云々を知識として持っていた受験生など皆無であったろうが、それでも合格者は「ア,オ」を選べただろう。ただし、私は受験日本史のプロでもないのでこれ以上立ち入らない)。

p.214 問FⅠ
「金輸出を再禁止して金本位制を停止し、為替相場の下落から輸出が増加した。(35)」→「金輸出を再禁止して金本位制を停止し円為替相場の下落から輸出が増加した。(35)」*試案です
 指定語句を用いるという設問の要求に沿う。「円為替相場の(が)下落」という表現も問題ない。

§11戦後史

p.125 第5問 1「金融緊急置令」→「金融緊急置令」

レビュー

 欠点として、解説が少ない。本書の前書きには「フツーにできる問題は、フツーにやって下さい。できて下さい。」「解説と学校で使う教科書や用語集があれば、勉強できる、という形にしたかった」とあり、解説の少なさはそういうコンセプトのもと敢えてやっている可能性があるものの、それにしても度を超えて少ないと言わざるを得ない。特に原始・古代の解説の少なさは異常で、誰にも頼らずやろうとする者は茨の道を覚悟せねばならない。日本史の学習を一通り終えており且つ英語・国語は出来上がっているという浪人生はともかく、現役生はやめた方が良い。時間がかかってしょうがない。
 また、解説の内容はいかにも須藤師らしいと感じる。基本的な知識を持ってさえいればその場の判断で正解できるような設問であっても、そんなケチくさいことしてないで全部暗記しろと言わんばかりだ。要するに、歴史的事実(それもしばしば無駄に詳細な)の列挙ばかりで、いかに知識を運用するかという方法論が全然ないのだ。知識の運用とはどういう意味か。§2に挙げたある先生の解説が良い例だ。「こういう事実があった」で終わらせるのが、歴史的事実の列挙。それに対して、基礎知識を確認した後、受験生が試験場ですべき推論を示すのが、知識の運用。私は早稲田に合格した身として受験日本史に暗記が絶対的に必要なことを重々承知しているが、闇雲な暗記だけで早稲田の日本史に立ち向かうことは困難だ。盤石な知識を基にした思考力・判断力。これを身につけるためには、「早稲田ならここまで知っておく。ここからは早稲田でも覚える必要はない。その場で考え判断する。」という線引きを分かっておく必要がある。早稲田を狙うならこの線引きが不可欠だが、これを身につけさせようとする教材のつくりではない。
 なお、校正がしっかりしてないのはコンセプトとか以前の問題だ。商品として欠陥であり論外。本書の価値を著しく減じている。私(専門家でも学部生でもない、単なる浪人生)程度の日本史知識でこれだけのミスを発見できたのだ。執筆者・監修者・校正者は一体何をやっているのか。担当者に日本史の知識がなくとも、駿台文庫がこれまで出版してきた過年度の青本と逐一照らし合わせれば、誤りを発見出来たはずだ。なぜ過去の遺産を活用しないのか。なぜその手間を一分一秒が惜しい受験生に押し付けるのか。駿台文庫の出版社としての底が知れる。猛省を促したい。
 さて、ここまで口を極めて罵ってきたが、そんな本書でも唯一お薦めできる層がある。浪人生の私文系クラスで須藤師の授業を受けており且つ師の授業を積極的に支持するという生徒だ。というのは、本書の解説がある部分と師の授業のハイライトがしばしば重なるからだ。師の授業を受けた後、該当する箇所の問題を演習し解説を読むと、師の授業の復習にもなり一石二鳥なのである。言い回しや話の持って行き方など解説の共通点が多いため反復が容易で、良い復習になる(須藤師は「同じ人が説明してるんですから」と言うことだろう)。また、そのような生徒であれば、解説の少なさや誤りは、師本人に質問することで解決できるであろう。師は巷で言われるほど悪人ではないので、こういった質問には快く応じるはずだ。須藤師本人の授業と組み合わせて活用すること。これが、本書の最も有効な活用法であることは間違いない。須藤師の授業を一年間受け、本書の問題を全て解き、早稲田文構/文/教育/社学に合格した私が保証しよう。

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