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小話:「海に住む子と空に住む子の話」

私は海の中に住んでいる。
とても深い海の底、そこが私の家。
魚は周りにいるけれど、話は通じない。
たまに光が差し込む場所があって、キラキラと揺れるのを眺める。
それを毎日ただ同じように繰り返す。
それが私の毎日。

ある日いつものように海底を歩いていると黒い電話機を見つけた。
なぜこんなものが?
不思議に思いながらも、おそるおそる受話器をとって耳を当てる。
「…もしもし?」
受話器の先から声が聞こえた。
「えっ?何?」
「えっ?あなたは誰?」
「あ、あなたこそ誰?」
「ごめんなさい。まさか通じていると思わなくて。」
「………」
「あれ?聞こえている?」
「き、聞こえてる」
「私は空に住んでいるの」
「空に?」
「ええ。あなたはどこに住んでいるの?」
「えっと、私は海の中に住んでいるの」
「海って、あの海?素敵ね」
「全然。誰も話せる人がいないし」
「私のところもよ。誰も話ができる人がいないわ」
「…そうなんだ」
「でも嬉しい!こうやってだれかと話ができるなんて!」
「………」
「…もしかしてあなたは話したくない?」
「そ、そんなことない。ただ…」
「……ねえ、明日も私と話をしてくれる?」
「………」
「だめかな?」
「ううん。大丈夫。」
「ありがとう!それじゃ、今日と同じくらいの頃に」
「うん」
電話は切れた。

「海ってどんなところなの?」
次の日、同じ時間に電話を取ると昨日と同じ声が聞こえてきた。
「すごく広いところ」私は答える。
「他には?」
「うーん、魚がいて………」
「魚?聞いたことがあるわ!他には?」
「大きい動物とかがたまに通るかな、あとはサンゴ礁とかが生えている場所とかがある。日の光が差し込む場所があってそこに毎日行って眺めるの」
「いいなぁ、綺麗なんでしょうね」
「そんなことない。つまらないところ。空の方がよっぽど素敵だと思うけど」
「そうかしら。空って毎日同じなのよ。太陽が出て明るくなって、沈むと夜になる」
「太陽が見られるなんて羨ましいわ。あと星も月も見られるんでしょう」
「そう言われるとそうだけど、もうそれが当たり前。毎日同じことの繰り返しよ」
「そうなの?私も、同じことの繰り返し」
「でも最近変わったことがあるわ」
「え?何?」
「あなたと話ができること!」
嬉しそうに笑う声が聞こえる。私も嬉しくなる。

私たちは毎日電話で話をした。それが私たちの生活のひとつになっていた。
私は彼女と話が出来るだけで幸せだった。

「ねえ、私もう電話できないわ」
ある日、彼女がそう言った。
「え?!どうして?どこか具合でも悪いの?」
「違う違う!大丈夫よ。心配させてごめんなさい。私ね」
彼女が続ける。
「下に降りてみようと思うの」
「降りるって空から?」
「そう。あなたの話を聞いて、海が見たいって思ったの。あとあなたにもしかしたら会えるかもしれないし。電話をもって行けれたらよかったんだけど、動かせないのねこれ。だから」
「待って、嫌、そんなの。私ここに一人きりなの。あなたと話せなくなったら、私、また誰とも話せる人がいなくなってしまう」
「ごめんなさい。でも決めたの」
「どうして?怖くないの?降りたらどうなるか不安じゃないの?」
「不安よ。すごく怖いわ」
「だったら」
「でも」
彼女は続ける。
「でも私、変わりたいの。いつも同じ日々の暮らしだった。でもあなたと話が出来て、違う世界があるって知ったの。このままあなたと話を続けるだけで幸せだった。それでもいいかなと思った」
「………」
「知らない世界があるって知ってしまった。見たい世界があるって知ってしまった。知る前には戻れないってわかったの」
「………」
「だからね、私降りて行くわ。海に行くのが目標だから、もしかしたら会えるかも」
「………じゃあ言って」
「何を?」
「私も変わりたい。でも怖いの。だから私に言って。会いに来てって。そうしたら私もここから動けるかも。決心がつくかも。不安がなくなるかもしれない。お願い」
彼女は強い口調で話す。
「誰かに言われて行動することなんて、本当の行動じゃあないわ」
「………」
「自分自身で決めて動いて、初めて本当に変わることができるのよ」
「………私は、そんな風に強くは生きれない」
「そう………。ごめんなさい。でも私は行くわね」
「そんな……」
「あなたと話ができて良かった。今まで、ありがとう」
何か言わなきゃ。でも言葉が出ない。
「あ、そうだ。最初に電話した時あったでしょ。あの時ね、実は私、すごく怖かったわ。………最初はみんな怖いものなのよ」
それじゃあね、と言って電話は切れた。もう電話から声が聞こえることはなくなった。

次の日も、その次の日も電話から声が聞こえることはなかった。

私は海の中に住んでいる。
とても深い海の底、そこが私の家。
魚は周りにいるけれど、話は通じない。
たまに光が差し込む場所があって、キラキラと揺れるのを眺める。
それを毎日ただ同じように繰り返す。それが私の毎日。
元の生活に戻っただけ。

空に住んでいた彼女はこの間にも下に降りて来ているのだろうか。
彼女は先に進んでいる。自分の進みたいところへ。
羨ましい。置いていかれる。
私だって、変わりたい。

「………わたし、彼女にありがとうって言っていない」

彼女に会いに行かなきゃ。伝えに行かなきゃ。
少しずつでもいい。彼女に近づきたい。

これは、私が自分で決めたことなのだ。

私は上に向かって、その一歩を踏み出した。



おしまい

ありがとうございます!嬉しいです!
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宇佐木月光といいます。小話を書いています。たまに実話も入れます。

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月夜の小話10話
月夜の小話10話
  • 10本

最初に作った小話を10話分まとめました。順番はありませんが、1番最後の話だけ、最後に読むのをお勧めします。

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