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落語日記 怪談噺における男女の愛憎模様から、女性の情の深さと哀れさを感じさせてくれた馬生師匠

第18回 全生亭
11月3日 谷中・全生庵
毎年文化の日に開催されている恒例の落語会。三遊亭圓朝の菩提寺である谷中の全生庵で、馬生師匠が圓朝作品を掛ける会として続けている。昨年に引き続きお邪魔してきた。
圓朝師の遺影が飾られているご本尊の前という本堂が会場。落語中興の祖に見守られながら、その作品を口演する。演者にとっては、通常の落語会とはまた違った緊張感があるに違いない。そんな貴重な機会でもある落語会を年一回のペースで18回も継続されてきた。なので、この会自体のご贔屓さんも付いていて、毎年満員の人気の会へと育ってきている。
昨年もコロナ禍の影響で大幅に定員を削減して開催され、今年も同じく定員80名限定で開催し、熱心なご贔屓さんたちで満員となった。まさに、馬生一門ファンの大集合といった感じである。ゲスト以外は一門の弟子が交替で出演しているが、出演しない馬生一門の皆さんもスタッフとしてお手伝いされている。そんな馬生一門お祭りのような会なのだ。

金原亭小駒・金原亭駒介
開演時間までのつなぎに、小駒さんと駒介さんが太鼓を持って登場。寄席で演奏される一番太鼓と二番太鼓の実演と解説。

平井正修全生庵住職の挨拶
まずは、ご住職からの開会挨拶。今年もコロナ対策で定員削減を余儀なくされたことにつきご説明。そして、いつものようにこの会を馬生師匠と始めた経緯のお話。
圓朝作品は数多く歌舞伎の演目にもなって上演されている。なので、上演の際には歌舞伎役者の皆さんがお参りに来られるという話。怪談ものが多く、上演の無事を祈念する祈祷のためだろう。
現在、本堂の瓦の葺き替え工事中で、瓦の寄進のお願い。大きなお寺は維持していくのは大変そうだ。

金原亭馬久「巌流島」
馬久さんでこの演目は初めて。乱暴者の若侍、分別があり知恵者であるご老体の侍、船頭、野次馬の乗船客、古道具商などバラエティーに富んだ人物が多数登場し、なかなかに難易度が高いと思われる噺だ。そんな雑多な人々がひしめく渡し舟の船上風景を、落ち着いた語り口で聴かせてくれた馬久さん。若侍の理不尽さと老武士の冷静さの対決、二人のキャラもはっきりと描かれていた。
なかなかの美声なので、聴いていて心地良い一席だった。

金原亭馬玉「三方一両損」
私の好きな噺なのだが、なかなか聴く機会の少ない噺。その噺を馬玉師匠がネタ出しされていたので、楽しみにしてきた。馬玉師匠にとっては、以前から掛け続けているお得意の噺のようで、流れるような語り口で、流暢で澱みがない。特に、江戸っ子たちのキレのあるセリフが小気味良い。終始、江戸っ子たちの喧嘩風景が続くのだが、リズム感あふれる啖呵の応酬に、笑いどころではないのに、思わずにやけてしまう。
金に汚いと思われることを極端に嫌い、強情で喧嘩早いと言われている江戸っ子たちの気質。この江戸っ子気質(かたぎ)を極端に象徴化して漫画的に描く可笑しさがこの噺の見どころ。この馬鹿々々しい江戸っ子気質を生き生きと描くことで、現代人から見ると理解しがたい不思議さを吹っ飛ばして、当時の庶民たちの姿がリアルに浮かび上がってくるのだ。馬玉師匠は、この噺のそんな魅力を充分に感じさせてくれた。

柳家小春 俗曲
可愛い唄声ながら、粋も感じさせてくれる小春師匠。お寺の本堂でも違和感がない。
今日は唄のゲストをお呼びしております、と紹介すると、袖から馬生師匠が登場。高座に並んで座り、小春師匠の伴奏で淡海節を披露。相変わらずの美声に客席は大喜び。

仲入り

金原亭馬生「真景累ヶ淵 豊志賀」
いつものように、穏やかに登場。まずは、前回までの粗筋を説明。連続物で一年ぶりとなる間隔は、かなり長い。前回の参加者も記憶が薄れているかもしれないし、初めての参加者もいるので、丁寧に粗筋を語ってくれた。この要約が素晴らしく、分かりやすく飽きさせない。これだけみても、馬生師匠の技量の高さが分かるというもの。
さて、新たな物語は富本節の師匠である豊志賀をめぐる物語。この真景累ヶ淵全編の中でも、最も怪談噺と感じられるところ。夏になると、怪談噺としてよく掛かる演目である。
この噺は、他の演者で何度も聴いている。しかし、今回ほど演者の個性を強く感じられた一席も今までになかった。それほど馬生師匠の個性が強く発揮されている一席だと感じた。

素人が趣味で音曲や踊りを習う稽古屋が舞台の落語があるが、芸事の得意な馬生師匠は、そんな演目は得意中の得意。そしてこの豊志賀も、同様に富本節を素人に教える稽古所の女師匠が主人公の噺。なので、唄や踊り、茶番などの芸事が好きで、所作がきれいで色気のある馬生師匠にはぴったりの噺なのだ。馬生師匠演じる豊志賀が醸し出す雰囲気は、稽古屋の年増の女師匠らしさあふれるもの。これによって噺に厚みが出る。
そのうえ、病でやつれていく豊志賀が新吉に辛く当たる場面でも、馬生師匠の上品さによって、辛い場面もマイルドに描かれている。終盤の見どころ、叔父宅に現れた豊志賀の幽霊には人間味があり、新吉に対する情の深さを感じさせる。狂気にかられた女性というより、悲恋の哀れを感じさせるのだ。
そんな豊志賀を描いているので、怪談噺というより、どこか人情噺のような男女の愛憎を描く物語という一席であった。

前日に私が訪れた浅草演芸ホールでの弟子三木助師匠の初主任興行では、弟子のアシスト役に回っている馬生師匠。この日もこの全生亭の終了後に、浅草演芸ホールに駆けつけて一席を披露したようだ。弟子の晴れ舞台を大切にされている馬生師匠だ。
そんな師弟が集合する一門会が、年末に鈴本演芸場で開催される。この日、仲入りのときに手売りしていた馬太郎さんから、チケットをゲットした。今から楽しみだ。

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