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あなたみたいに優しいヤクザはいない(7/7)

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7/7

 車裂はその一方で、竜骨が懐に忍び込もうとしているのを察知していた。そちらに向かって手を振り上げ、竜骨の喉首を爪でえぐりにかかる!

「見えてるぞォ……ア!?」

 バシャッ!
 竜骨は鎧を捨てて身軽になり、生身の体で急加速した。振り下ろされた車裂の爪が体をかすめ、血が噴き出す。だがそれを掻い潜り、懐を取った。

 竜骨は腰を落とし、右拳を車裂のがら空きの胴体に向かって一気に突き出す! 正拳突きだ!

「セアアアアーッ!」

 ドゴォオ!

「エヒィィイ!?」

 みぞおちに完璧に入った! 車裂はトラックに激突されたように真後ろに吹っ飛び、壁に叩き付けられた。
 ドゴォ!

「セエエエエエ……」

 竜骨はすかさず間合いを詰めた。残り少ない血氣を振り絞り、肺が爆発しそうになるのをこらえながら、正拳突きラッシュを叩き込む!
 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

「ヤァアアアアアア――ッ!」

「うおおおおおお!」

 車裂は拳を雨あられと浴びながらも、死に物狂いで車輪を引き戻した。

「トマトになれィ!」

 だが二度同じ手を食らう竜骨ではない。彼は即座に背面ジャンプし、高速回転しながら飛んできた車輪を飛び越えてかわした。

「エー?」

 車輪はそのまま車裂に直撃した。

 キュイイイイイイイ!
 高速回転する車輪に体をすり潰され、すさまじい勢いで血飛沫を撒き散らしながら、車裂は狂笑した。

「アババッ、アババババ! に、肉がちぎれる! 骨が砕けるゥ! エヒヒヒ! さ、最高だァアバババババ――――――ッ!」

 やがて車裂の体は二つに裂け、両側にばったり倒れた。

「車裂……!?」

 カダヴァーと戦闘中だったデッドフレッシュは、それを見て思わず動きを止めた。階段に向かって一歩後ずさる。だが竜骨とウマノホネが素早くそちらに周り込み、退路を塞いだ。

 デッドフレッシュは圧倒的不利を悟った。一対三である。

 彼は脂汗を流し、三者を見回した。

「お、おのれェ……!?」

 カダヴァーは煙草を咥えた。

「金、情報。みーんな吐き出してもらうぜ。そのあとで死になァ!」


* * *


 数日後、肋組・戦部衆寮。その中庭では。

 ドゴ! ドゴ! ドゴ!
 パーガトリウムでの一件の傷が治りかけていた流渡は、カダヴァーに一方的に殴られていた。

 これはテストではない。制裁だ。流渡は直立不動で手を後ろに組み、真っ直ぐ前だけを見ている。何度殴り倒されてもその都度立ち上がり、同じ姿勢を取った。

 ウマノホネは椅子に座り、ボリボリとスナック菓子を食いながらその様子を見ている。

 その隣では救急箱を持った雨奈が、顔をしかめていた。カダヴァーが流渡を殴るたび、思わず目を閉じて首をすくめる。

 ドゴォ!
 カダヴァーのパンチが流渡の顔面にぶつかった。流渡はしりもちをついたが、すぐに立ち上がった。

 カダヴァーは殴り疲れ、息を荒げて言った。

「いいかァ、若造! 結果的にうまく行ったからこのくらいでカンベンしてやる。だが次も命令に背いたらなァ、俺ァもうお前の面倒は見ねえ!」

「はい、カダヴァーの兄貴!」

 カダヴァーは鼻血まみれの流渡の顔を睨んだ。それから流渡を荒っぽく抱き締め、背中を手で叩いた。

「よォし。よく俺が行くまで耐えた。その根性だけはホメてやんねえとな。お前を兄弟として認めるぜ」

「ありがとうございます」

 流渡は嬉しそうに答えた。それから真顔になって続けた。

「兄貴、差し出がましいようですが一つだけお願いがあります。兄弟として」

「何だァ。言ってみろ」

「僕は雨奈に助けられました。だから僕に雨奈の借金を肩代わりさせてください。その代わり彼女は自由に」

 ガシャン!
 雨奈が驚きのあまり救急箱を取り落とした。

 カダヴァーは頭を掻いた。

「まあ、いいだろ」

 ウマノホネが驚く。

「え? 兄貴ィ、いいんですかい」

「ヘッ! 人間の女なんざいくらでも代わりはいるさァ」

 カダヴァーは返り血を浴びないように脱ぎ捨てておいたジャケットを拾い上げ、着直した。

「流渡、顔拭いたら何か作れ。お前のメシが食いてえ」

「アッシの分も頼むぜ、若造! ヘッヘッヘ、こないだのあれは美味かったなァ」

 涙を堪えた雨奈が駆け寄って来て、座り込んだ流渡の手当てを始めた。

 前まで雨奈は、目を閉じれば待ち続けているあの男の顔が見えた。夜眠るときも、カダヴァーの命令で他の男に抱かれているときも。もう二度と会えないと知りながら。

 でも、この数日のあいだにその顔は消えた。今はまぶたの裏に別の男の顔がはっきりと見える。柔らかいブラウンの髪をした、優しい顔立ちの少年の顔が。

 雨奈は口を開きかけた。その前に流渡が制するように言った。

「謝らなくていい。礼もいらない」

「え?」

「僕が勝手にやったことだから。自分のケツを自分で拭いたんだ」

 雨奈は堪え切れず笑い出した。

「ちょっとはヤクザっぽくなったじゃん!」


(あなたみたいに優しいヤクザはいない 終わり)


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