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【B級ホラー短編】忍び寄る鶏冠(4/5)

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4/5

 ヴァーミンがそちらにライトを向け、足音を忍ばせて中に入った。

 バスタブのシャワーカーテンに血が跳ねている。意を決してそれを手で開くと……残忍極まる血盟会幹部ですら、顔を背けずにはいられなかった。

「ああ……! クソッ」

 あとに続いたナニーは恐る恐るそちらを覗き込み、ヒッと息を飲んだ。手で口を押さえてとっさに視線をそらすと、その先にある洗面台の鏡が目に入った。

 彼女は悲鳴をこらえながらそれを指差した。

「鏡に……」

 ヴァーミンは振り返って洗面台を見た。恐らく蜜姫の血を指ですくって描いたのだろう、血文字で王冠マークのようなものが書かれている。

「これは?」

「これは鶏冠《とさか》……ブロイラーマンか!」

 それを見たヴァーミンは苦々しげにその名を口にした。まるで呪われた言葉であるかのように。

「あいつが来たんだ」


* * *


 ジブロは麻薬の粉末をめいっぱい吸い込んでから、地下まで階段を駆け下りた。

 彼は戦闘タイプの血族ではないため、同じ血族相手では分が悪いが、人間程度なら軽く捻り殺す力はある。

 麻薬の密造者兼売人だった彼は、血族化したのちに商売敵を片っ端から殺して縄張りを乗っ取り、そこそこの規模の麻薬密造工場を持つようになった。

 もし空き巣か何かならば迎え撃つ自信があったし、さらに麻薬でハイになり、自分が無敵のような気になっている。

(俺はいずれ史上最高の麻薬を調合する。かつてないハイ! ありったけの女とカネ!)

 発電機は半地下のガレージにあった。スマートフォンのライトを照らすと配電盤があり、何者かによってブレーカーが下ろされている。

「これか?」

 バン!
 ブレーカーのレバーを上げるとブゥーンと音がして電力が復旧し、電灯がともってあたりに光が満ちた。

 ジブロは安堵し、まぶしげに目元に手をかざしながら振り返った。

 そこに背広姿の男が立っていた。炎じみた紅蓮の鶏冠を持ち、同じ色のネクタイを締めた雄鶏頭の血族だった。

 ぽかんと口を開けたジブロに、雄鶏頭の血族はボディブローを放った!

「オラアアア!」

 ドボッ!
 ボディブローがジブロの胴体を貫通し、背中から拳が突き出す!

 ジブロは何が起きたのじゃ理解できず、血を吐きながら呆然と聞いた。

「ゴボッ……! テ、テメエ、何者だ……!?」

「地獄でブラックドッグに聞け」

 雄鶏頭の血族はジブロに片足をかけ、勢い良く腕を引き抜いた。

 後ろに突き飛ばされたジブロは配電盤に突っ込む!

 バチバチバチバチバチ!!
 配電盤がスパークし、高圧電流がジブロを焼き尽くす!

「アババババババババ――ッ!?」


* * *


 電力が復旧するとナニーはほっとして顔を上げたが、明かりはすぐにまた消えた。

 ヴァーミンは舌打ちした。

「ジブロの役立たずめ」

「ヴァーミンさん、ブロイラーマンって言うのは……?」

「単身で血盟会に宣戦布告したサイコ野郎だ。血盟会のメンバーをもう何人も殺している。あの鶏冠はあいつのトレードマークだ」

 ナニーは息を飲んだ。その噂は野良血族のあいだにも知れ渡っていた。手当たり次第に血盟会とそれに連なる血族を殺して回っているという狂った血族だ。ナニーの知り合いだったスカリーという野良血族も彼に殺されている。

 ナニーは震える声で聞いた。

「そいつは何で蜜姫を……」

「見境なしの殺人鬼だからだ。あいつは誰だろうが殺す」

 ナニーの意識をあの女の言葉がよぎった。

(((怪物はすぐそこにいるわよ……)))

「ああああ……チクショウ! チクショウ! ブロイラーマン! よくも蜜姫を!」

 雷虎がガツン、ガツンと頭を床に何度も叩き付けた。彼の中でやりきれない悲しみが怒りに変わっていくのが眼に見えるようだ。

「逃げましょう」

 ナニーは懇願するようにヴァーミンに言った。ヴァーミンはそれを一笑に付した。

「血盟会の俺に尻尾巻いて逃げろだと? 迎え撃つ」

「あいつを!?」

「奴を殺せば血盟会入りは確実だぞ。今は空席が多くなっているからな。どのみち電話は通じないし救援も呼べん」

「そうだ! ヤツを殺すんだ!」

 雷虎が声を張り上げた。

「野郎に報いを受けさせてやる」

 ナニーは助けを求めるように両者を見たが、どちらも自分に同意してはくれそうになかった。

 ヴァーミンは功名心に囚われているし、雷虎はもはや冷静な判断力を失っている。

 ヴァーミンはバスルームを出ると、他の二人に命じた。

「館は広い。手分けして探すぞ。奴を見つけたら大声を出してほかの二人を呼ぶ。いいな?」

「でも……ジブロのことは?」

「死んだと思え。ナニー、お前はあっちだ。行け」

 ヴァーミンはナニーを追い払うようにして行かせた。

 彼女は振り返り、物言いたげに口を開きかけた。正直なところ、蜜姫の仇など自分にはどうでも良かった。初対面でナニーの容姿を上から下までじろじろ見たあと、鼻で笑うように「ふうん……」と呟いたときからあの女のことは大嫌いだ。

 だが血盟会幹部のヴァーミンに逆らうなどできるわけがない。ナニーはただのハッカーで、戦闘タイプの血族ではないのだ。

 彼女は足音を忍ばせて廊下を進み、館の奥の闇へと消えた。

「俺はこっちを」

 反対側に行こうとする雷虎をヴァーミンが押し留めた。

「待て。お前には別の仕事を任せる」

「え?」

 そのやりとりはナニーの耳には届かなかった。

 ナニーは単身で廊下を抜け、アトリウムに入った。昼間は青々とした生命に輝いていた庭園も、今ではねじくれた異形の世界に見える。不安がそう見せているのだ。

 ナニーは緊張に静かに息を切らせ、すり足であたりの闇をスマートフォンのライトで切り裂いた。

(((お姉ちゃん)))

 その声にナニーは息を飲んで振り返ったが、誰もいない。

 いつもの幻聴だ。夜中にトイレに立ったときや、暗い夜道をひとりで帰るとき、助けられなかった妹がそこにいるような気がするのだ。

(((お姉ちゃん)))

「いない。あの子はいない」

 震える声で自分に言い聞かせ、ナニーはアトリウムを抜けた。

 一階食堂前を通りかかったとき、中からわずかに硬い音が聞こえた気がした。恐る恐るドアを開いて中を照らす。今度はもっとはっきりと聞こえた。カチッという音だ。

「ハァーッ……ハァーッ……!」

 息苦しくなるほど緊張している。不意に奥のカーテンが動き、ナニーはびくっとした。長テーブルの上は食べ残しの乗った食器や酒が放置されている。

 ナニーはテーブルからバーベキューナイフを手に取り、震える切っ先をそちらに向けた。

 意を決してカーテンを引き開ける!

 羽根を広げた小さな昆虫が窓ガラスに体当たりし、カチッ、カチッという音を立てていた。昆虫はナニーの隣を飛び去り、シャンデリアの上に停まった。

 ナニーの体から力が抜け、手からナイフが落ちた。

 なけなしの勇気は底を尽き、かわって恐怖と憤りが彼女を支配していた。何であんな連中のために自分がここまでしなければならない?

 ナニーは食堂の隅に行き、震えながら壁を背に座り込んだ。

(ここに隠れていよう。仕事なんかもうどうでもいい。生きて帰りたいよ……)

 ギシッ!
 床が鳴る音がし、ナニーは弾かれたように立ち上がった。

 スマートフォンのライトを音がしたほうに向けると、部屋のドアが少し開いている。ちゃんと閉めたはずなのに。

「ハァーッ……ハァーッ……」

 ピピピピピ! ピピピピピ! ピピピピピ!

 そのとき突然、けたたましい電子音のアラームが鳴った! 自分のスマートフォンからではない。どこからだ? 部屋中にライトを向けるが見つからない。

 そのとき、ナニーは部屋の奥に暖炉があったことを思い出した。そちらに走り、トーチライターで薪に着火した。ぱっと燃え上がった炎が闇を払い、周囲を照らす。

 アラームを放っていたのは、床に落ちているスマートフォンであった。拾い上げ、急いで停止させる。ケースに見覚えがあった。これは雷虎のものだ。

 ガシャアアアアン!!
 突然、バルコニーのガラス戸を突き破った何かが食堂に飛び込んできた。炎が放つ光に、真っ赤な鶏冠が浮かび上がる!

「ハァーッ……!」

 ブロイラーマンは怒りと狂熱にたぎる目をナニーに向けた。

 その瞬間、ナニーの心は完全に恐怖に塗り潰された。その場にへたり込み、壁に体を押し付ける。

「あああああああ!」


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