透子になろう
大学時代、構内の喫茶スペースにある自由に読んでいい雑誌ラックに「anan」が常備されていた。
行き過ぎたような攻めた企画もあり、毎回話題の女性誌。
女子力という言葉が流行り出した当時は、「モテる女になるには」といった恋愛系の企画が多く、新刊が出る度に、昼休みや空き時間に友達同士で夢中で読み漁っていた。
ある時、誌面に彗星の如く現れた企画。
「透子になろう」
透子とは、「透明感のある女性像」を表現したものらしい。
外見も内面も、本質から美しくあることを透明感という。
透明感があれば、誰からも好感を抱かれるようになる。
例えば、メイク一つとっても、〈アイラインやマスカラばかりに気合いを入れるのではなく、まずはスキンケアを大切に〉といった具合に、いくつかのトピックスが取り上げられていた。
男女問わず、誰にでも気軽に挨拶する
〈ドレミファソの「ソ」の高さの笑声で〉
ヨガでリフレッシュして身体もココロも健康に
〈ストレッチで痩せやすい体質に〉
何気ない日常の出来事にも感謝
〈コンビニでお会計が777円だったりすると、ガッツポーズしちゃう〉
飾らない姿で親近感を
〈普段は真面目だけど、角に小指をぶつけて痛がっちゃったり〉
これからの時代は透明感だ。
「わたしも」「わたしも」と、続々と友達の間で透子ムーブメントが起こった。
当時、もちろんわたしも透子をめざしたが、そんな素敵な女性像とは縁遠く、透子になれないまま10数年が過ぎた。
今は、透明感どころか、澱んだオーラが板に付いているのかもしれない。
低血圧の朝の挨拶は、ドレミファソどころか、下の「ラ」である。
泣き叫ぶ赤ちゃんの声が高くてよく通るのは、人の注意を引いて、助けようという気持ちにさせる為らしい。
下の「ラ」のわたしは誰にも助けてもらえない。
身体も順調にガタがきている。
わたしは早くも22歳で参加した会社のバレーボール大会を皮切りに、腰や背中を年一回程のペースで「ぎっくり」やってしまうようになった。
痩せやすい体質になるためではなく、怪我をしないためにストレッチする。
プラスをめざすのではなく、マイナスをゼロにするためのストレッチ。
ぎっくり背中をやると、体幹が機能しないし、背中のことしか考えられなくなる。
電子レンジを開けるのがこんなにも痛いだなんて、何気ない動作でも背筋を使っているんだと感心する。
右手の箸で麺を持ち上げ、左手のレンゲでスープをすくう瞬間は、笑ってしまうほど背筋が心許無く、「体幹ゼロ」を突きつけられる。
なるほど、わたしは今までずっと体幹でラーメンを食べていたのか。
今までで一番酷いぎっくり腰をやらかした時。
痛み止めを飲んでも効かず、寝ているしかない。
暇だからとスマホでYouTubeを観るも、「広告をスキップ」をタップしに指を伸ばすのが痛い。
黙って広告を眺めるしかない。
そして、タイミング悪く、手持ちの湿布を使い果たした。
薬局は家から程近い徒歩2分のところにある。
今のわたしにとっては、1歩ですら動くことも辛いが、湿布を貼って早期に症状を緩和させたい。
意を決してそろりそろりと薬局に向かった。
一番効きそうなパッケージの、できるだけ高価な湿布を選んだ。
レジでお会計する動作もヒヤヒヤしながら、ゆっくりゆっくりと購入し、普段の5倍の時間をかけて、なんとか無事家に帰り着いた。
腰痛でも、痛みの原因や症状によって対処法は異なる。
血行が悪くなり痛みが出ている場合は、温めるのが有効だ。
それに対して、わたしのようなぎっくり腰の場合は、急性の炎症なので、とにかく冷やして炎症を抑える必要がある。
家に帰って気づいた。
温湿布を買っていた。
痛さのあまり正常な判断ができていなかった。
冷湿布を買うべきということは分かっていたはずなのに、本能的に青よりも赤のパッケージの方がよく効きそうだと思ってしまった。
温湿布を目の前にして、わたしは泣いた。
関西人は誇張した表現をする性質がある。
「怒るで、しかし」
「そんなんされたらホンマ泣くわ」
「あの時は笑い死んだわ」
実際に怒ったり、泣いたり、死んだりしていないのに、そんな風に言うものだ。
ただ、これに関しては誇張ではない。
温湿布を握りしめて、わたしは泣いた。
男女問わず、誰にでも気軽に挨拶する
〈下の「ラ」で自立した女性に〉
ヨガでリフレッシュして身体もココロも健康に
〈ぎっくり腰のリスクを回避〉
何気ない日常の出来事にも感謝
〈普段ラーメンが美味しく食べられるのは、体幹があるおかげ。自分の体幹にお布施したくなっちゃう〉
飾らない姿で親近感を
〈普段は冷静なわたしだけど、間違って温湿布を買って泣き出しちゃう〉
これでわたしも透子とさせてください。
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さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「又聞きで伝わる事こそが本音」
をお届けします
お楽しみに〜
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