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わたしの出会った判事たち -9-

フツーに見えてフツーではない!(1)
 
Ⅰ 判事はいつもラフなジャケットとズボン姿。
パンツとかレギンスとかスラックスと、女性のズボンの呼称は様々に変遷しているが、I判事の場合はズボンというのが一番似合う。

親しみやすい、ちょっとおばさんっぽい人。こういう表現は失礼だとは思うが、ほんと、フツーの人、一見。
赴任してすぐに調停委員の間の人気者になった。

平成十五年以降にもなると女性判事はとくに珍しい存在ではなくなった。
かつてのように「オンナだから」とか「オンナのくせに」など言う人は一人もいない。女性判事もあのころのように鎧で身を固める必要はない。

時代はゆく河の流れのように絶えず変わってゆく。

I判事はわたしたち調停委員には腰が低く、自然体で意見を聞いてくれた。
時間が長引いても不機嫌になったりイライラする様子は見せない。
当事者が切れて、怒鳴ったりしても、あわてることも怒ることもなかった。
高校生の子供がいるとうわさで知った。

「肝っ玉母さんみたい」
わたしたちは親愛をこめてそう表現した。
調停室に入って来ると、にこにこと大きな声で「おはようございまーす」
終わると「お疲れさまでした」
それだけで気持ちがほぐれた。

「判事さん、いつも、ノンメークね」
「お化粧しなくても綺麗よね」
「健康的だもんね」
「絶対、スカートははかないわね」
「あ、判事さんだ」
「判事さん、おはようございまーす」
向こうから忙しそうに小走りにやって来たI判事は紫陽花の花のようなまあるい元気な笑みを返してくれた。

駅前発のバスで時々いっしょになる。
乗っている人は誰も彼女が判事だとは思わないだろう。あまりに、フツーのラフなスタイルだから。今からどこかのパートにでも行くみたい。

「昨日、高校のクラス会があったんですよ」
判事はニコニコと語りかけてくれた。
「久しぶりに騒いでね、ちょっと寝不足」
「判事さんは出世頭だから、話の合う人、いないんじゃないですか」「いえいえ、出世なんて」

判事はそう言ってにっこり笑った。

「日々、働いているだけですよ。女子高だから、働いている人はわたしぐらいかな」
そんな話をしているうちにバスは裁判所前に着いた。

お付の侍女たちみたいに女性委員たちは判事のまわりを囲む。にぎやかに雑談しながら全員で門を入る。
門前の警備員に判事は「おはようございまーす」

庁内の番兵みたいな警備員とあいさつを交わし、わたしはまずトイレへ。
当事者に会う前に髪やお化粧を直したい。顔なじみのお掃除スタッフの女性がもうモップを持って掃除をしていた。
「おはようございます」を互いに交わす。

多くの働く人たちと朝の挨拶を交わし、仕事の幕が開く。裁判所というと、なんだか怖い所のような気がするが、フツーの人たちがフツーに働く場なのだ、とその頃にはわたしも分かってきた。

しかし、女性判事たるもの、フツーに見えてフツーではない。そんじょそこらのオンナとは違うのだ。

           続く。次回配信水曜日


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