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ブナをめぐる時  星寛治

わが家の庭さきに
樹齢二百余年とおぼしき
深山の白い森のように
群れをなすこともなく
ただ孤高のままに立ちつくす

菱形の小さな実が地にこぼれ
細い実生になってから
定点に根を張り
風土のめぐりに中で
途方もない時を生きてきた
一心不乱の脈拍を聴く

幾代の家族の歴史も
冷夏や日照りに流した涙も
荒れた田んぼの風景も
遠い空爆の地鳴りも
全てを木肌に刻んで
黙って見守ってきた
生き証人のブナの樹よ

駆け足でやってきた冬の日
樹冠に黄葉の衣裳をまとい
きん色にかがやく巨木の姿を
生まれて初めてぼくは見た
ふり積んだ雪を振り払い
いのちの光彩を放つ
沈黙の舞いを
息を呑んで見つめていた

やがて黄葉は陽を浴びて
胡蝶のかたちに降りしきり
雫にぬれた太い幹は
たおやかにしわを刻み
すっくと伸びた枝を支えている

そのふしぎに白い枝たちは
裳なす梢を身につけて
はるかな気圏に向き合っている
みれば、梢の先端には
かたい鱗片に包まれた芽が
すでに春を懐胎し
うす紅色に映えている

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意志   星寛治

ゆきの花を恋うて
峡の朝をふみしめる
林は白い静謐のなか
身じろぎもせずにそこにある

あふれる緑も
燃える紅葉も
季節の向こうに振りらい
この身ひとつの精悍さで
いま 冬の時代に身がまえる

梢は りんとして
群れなして天空を召め
そこでは菱形の芽が
かたい鱗片の中に
すでに春を懐胎している

ふみしめる雪の下では
根の脈はくがひびき合い
永劫の意志を伝えてくる

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Web Magazine 「草の葉」創刊号の目次
創刊の言葉
ホイットマンはこの地上が最初に生んだ地球人だった
少数派の輝く現在(いま)を  小宮山量平
やがて現れる日本の大きな物語
ブナをめぐる時 意志  星寛治
日本最大の編集者がここにいた
どこにでもいる少年岳のできあがり  山崎範子
13坪の本屋の奇跡
シェイクスピア・アンド・カンパニー書店 
サン・ミシュル広場の良いカフェ アーネスト・ヘミングウェイ
シェイクスピア書店  アーネスト・ヘミングウェイ
ジル・サンダーとは何者か
青年よ、飯舘村をめざせ
飯舘村に新しい村長が誕生した
われらの友は村長選立候補から撤退した
私たちは後世に何を残すべきか 上編  内村鑑三
私たちは後世に何を残すべきか 下編  内村鑑三
チャタレイ裁判の記録 記念碑的勝利の書は絶版にされた
チャタレイ裁判の記録 「チャタレイ夫人の恋人」
日本の英語教育を根底から転換させよう
草の葉メソッドに取り組むためのガイド
草の葉メソッドの入門編のテキスト
草の葉メソッドの初級編のテキスト
草の葉メソッドの中級編のテキスト
草の葉メソッドの上級編のテキスト

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